第109話 猛虎奮迅
「今まで倒してきた相手だって
なかなかの強敵だった」
「だがお前は格が違うぜ」
その指でビッとフェラクリウスを差し、賛辞を贈る。
ボディブローの痛みに耐えながら、フェラクリウスは深く深呼吸をした。
跋虎は転がる鋼のディルドに目を向けた。
「武器…拾えよ。
その鉄の、ちんちん?を」
それを見れば誰もが抱くであろう疑問を口にする。
「“愛棒”だ」
転がった愛用品を手に取り、言葉少なにフェラクリウスは答えた。
フェラクリウスはこの男性器型の鈍器を「愛用する」「鉄の棒」で“愛棒”と呼んでいるのだが、なかなか一言で伝わるものではない。
しかし跋虎はニュアンスでなんとなく理解する。
「“相棒”ねえ。
こっちの
長い付き合いだが…」
「そいつはすまなかった」
「別に。戦ってりゃこういう事もあるさ。
これまでだって折れたり曲がったりを直してやってきたんだ。
後で修理すりゃいいさ。お前を倒した後でな」
そう言って跋虎は樫か何かで出来た木製の柄をポイと放り投げた。
「武器はそれだけか?」
相手を気遣うかのように、フェラクリウスが問いかける。
「もちろん。こいつが唯一血の通った武器だ。
なんだ、素手が相手じゃ不満か?」
そうじゃねえ。と言って、フェラクリウスは“愛棒”をバッグにしまった。
命からがらリーチの不利を破ったというのに、優位を捨てて素手同士でやり合うつもりだ。
一瞬意外そうな表情を見せた跋虎だが、すぐに受け入れる。
この男は相手をナメているわけではない。
跋虎にとって彼は“理解者”であった。
この最高の享楽を共感できる唯一の相手なのだ。
「そこまで付き合う事無いのに…」
だが、もう二人の事に口を出すだけ無駄である。
「大丈夫です。フェラクリウスは大丈夫」
自分に言い聞かせるよう、李吉は何度もそう唱えた。
跋虎は刀疵でボロボロになった鎧を外し、上衣を
中から現れた肉体は中年のものとは思えない程逞しく引き締まっている。
だがそれ以上に目を引くのは、顔面や鎧同様に古傷で埋め尽くされている事であった。
「よっしゃあ、殴り合うか!」
互いの拳が届く間合いでスタンスを広げる。
身長二メートル以上ある二人が素手で殴り合う。凄まじい迫力があった。
ゴツン、ゴツンと激しい重く鈍い音が響く。
相手の拳を的確にガードしてから反撃するフェラクリウスと、その反撃をモロに食らいながらも構わず手を出し続ける跋虎。
そのため反撃の度に相打ちになり双方がダメージを受ける。
跋虎の方が攻め気が強く、手数が多い。フェラクリウスは防御が上手く、手数でこそ相手に譲るものの急所へのダメージは抑えられている。
気質は違えど体格的には互角。身長だけならこちらの方が若干高い。
“氣”の流れを読まれるディスアドバンテージは、ほぼほぼ無くなったと言える。
攻防が速すぎる事と、先程と違いお互い攻撃の届く間合いの中にいるためである。
フェラクリウスの誤算は、跋虎が殴り合いにめっぽう強かった事だ。
とにかくパンチが重い。
ハンマーに布を巻いて叩きつけられているような異常な破壊力。
一撃一撃を受ける度に骨がきしむ。
フェラクリウスの拳も同等の威力を持っているはずなのだが、顔面に渾身の一撃をぶち込んでも平気で殴り返してくる。
しかもこちらは左前腕部を負傷している。相手の右拳をガードするたびに出血し、ドクドクと流れ続けている。
どちらも“氣”を耐久力に振っており、決め手に欠くため長期戦の様相が見える。
だが今度は攻撃がクリーンヒットしている。
先程までは長期戦上等であったが、今は長引かせたくない。
怯む事無く殴り続けてくる跋虎の鬼気迫る表情には流石のフェラクリウスも弱気になる。
(跋虎…恐ろしい男だ)
目の前にいるのはもはや跳虎以上に危険な化け物であった。
素の殴り合いで勝てないのであれば、やはり頼るべきは操氣術である。
拳の当たる距離。
激しい攻防だが、一撃で終わらせる事の出来るあの技を。
覚えたばかりだが、これ以上の“必殺”は知らない。
フェラクリウスはグッと両腕で顔と胸を覆い隠すと重心を落とし、大技を発動する準備に入った。
相手はガードの上からでもお構いなしに拳を叩きつけてくる。
跋虎の鼻先に強烈な“氣”の匂いが漂う。
足元が揺れ、大地が唸った。
発剄!!
本日四度目の発剄。一日にそう何度も撃てる技ではない。
匂いで発動がバレようが、このタイミングで回避行動を取っていないのであれば外すことは無い。
跋虎の左脇腹に渾身の“氣”を叩き込む!!
が。
跳虎に撃った時のような“突き破る衝撃”を感じない。するりと抜けていく感覚。
拳は完全に腹部に接触しているのに、「いなされた」。
跋虎は“発剄”の正しい受け方を知っていて、それを完璧に実践してみせたのだ。
「悪いな。その技は食らった事があるんだ」
相手の右フックが左頬を捉え、フェラクリウスは大きく後方にふき飛んだ。
跋虎の腹部には肉を引き裂いたような痛ましい傷跡がくっきりと残されていた。
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