第108話 竜攘虎搏


答えが出せない。


どうやって崩すか。どうやって反撃を取るか。


一方的に受け続けるフェラクリウス。


とにかく状況を変化させるしかない。


跋虎の上段からの打ち込みに対し、右半身を引いて回避する。


武器ではなく、皮膚を硬化した左手で掴みにいった。


だが、これは悪手。


またしても攻撃の軌道が変化し、刃を引くと同時に軽く前腕部をなで斬りする。


ギャラリーの二人から悲鳴が聞こえる。


左腕から鮮血が噴き出した。


跋虎がにやりと笑みを浮かべる。


「違うだろ?」


ピッ、と細かく武器を振り、刃に付着した血を切った。


そう、氣の流れを読んで反応出来るのだ。


左手に強い“氣”の気配を感じた時点でこちらの思惑が伝わってしまう。


こちらの“仕掛け”は相手のチャンスになる。


すかさずそこに付け込み、攻めてくる。


ならばこれではどうだ。


フェラクリウスが重心を下げて腰を入れる。


次の瞬間、跋虎の鼻先に強烈な“匂い”が漂ってきた。


大地が脈動する。


目の前の男に向かって大量の氣が流れ込もうとしている。



発剄!!



「おっと!」


咄嗟にフェラクリウスの必殺を阻止するべく、跋虎が横薙ぎで潰しにかかる。


即座に反応しガードするも、発剄は不発に終わった。


「そんな大技決まるわけねえだろ」


フッと息を吐き、呼吸を整えるフェラクリウス。


身体は温まっている。コンディションはいい。


左腕の痛みを感じない程に気持ちも戦いに“入って”いる。


まだまだ続けられる。




先程の“発剄”に違和感を感じたのは白姫ハクキただ一人だった。


(いま…何をしようとしていたの?)


大地の氣を吸い上げたとき、跋虎は完全にフェラクリウスの間合いの外にいた。


相手に接触しなければ発剄は放てない。


発剄をフェイントに使おうとしているのか、また別の狙いがあるのか。


そう、発剄を潰される事はフェラクリウスの想定通り。


先程の不発は確認作業に過ぎない。


跳虎を粉砕した発剄は相手にとって最優先で潰すべき攻撃。


感じる“匂い”が強い程、跋虎は即座にこちらを止めにくる。


確認は済んだ。


だが、どうしてももう一瞬、相手の攻撃を遅らせる必要がある。


その一瞬を作り出す答えにまだ、たどり着けない。


攻める跋虎に、守るフェラクリウス。


やはりこの構図に戻ってしまうのか。


跋虎バッコの槍捌きはっている。


猛攻が徐々に激しくなってきた。


事態は悪化しているように見えるが、変化が起きているという事はフェラクリウスにとって望むところ。


トコトン付き合ってやる。


熱く。もっと熱く。


冷静でいられない程に熱を持たせる事で、生まれる綻びを突く。




たまらねえ。


跋虎の頭が熱を帯びていく。


彼は人生最高のゲームを楽しんでいた。


相手は防戦一方だが、実力そのものに差があるわけではない。


ボクサーが気持ちよくミットを打たせてもらうように、完璧に受けてくる。


その中で、相手の反撃を確実に潰せというミッション。


一手遅れれば命取りになるであろうスリル。


脳内が闘争ホルモンによって満たされていく。


この男をねじ伏せる。


武器と武器がぶつかり合う衝撃音は更に激しくなっていく。


跋虎はより強い攻撃で相手を圧し潰そうと力が入っていた。


それを受けるフェラクリウスの手にも同様に力が入る。


激しくなっていく攻防の中、フェラクリウスはその時を待つ。


威力と速度が上がる攻防のさなかも。


人並外れた洞察力で跋虎の口元だけは見落とさないように注視し続けた。


そして痛烈な斬り上げを受け流した直後、その時は来た。


無酸素運動で失った酸素を補給する瞬間。


跋虎が息を吸う一瞬のタイミング。


激しい打ち込みの中、ここだけが唯一のエアポケット。


即座に右手の武器を放り出し。



発剄!!



フェラクリウスはもう一度地を揺らして地面から氣を吸い上げる。


跋虎は。


嗅覚では察知出来たが、呼吸のタイミングとかみ合い動作が一手遅れる。


だが元より発剄は発動までに時間のかかる大技。


この程度の些細な隙であれば問題無く潰せる。


斬り上げから移行した横薙ぎがフェラクリウスの首筋に…直撃した!


先程よりも更に大きな悲鳴が響く。


そして跋虎の手に伝わってくる感覚は…。



(殺っ…て、ない!!)



方天戟から伝わって来た、分厚い金属をぶっ叩いたような衝撃。


響く甲高い金属音。


これがフェラクリウスの狙い。


大地から吸い上げた大量の氣を攻撃に使うのではなく皮膚硬化に用いて全身を鋼のようにコーティングした。


発剄を潰しに来た攻撃をその身で受け止める。


操氣術は“氣”を様々な用途に変化させる技術。


第六感で氣を察知できる跋虎であっても、それを何に用いるかまではわからない。


そして、ハイスピードな攻防と先程の駆け引き。


跋虎は相手が大技で逆転を狙っていると思い込み、潰しにいったところを迎え撃たれたのだ。


フェラクリウスは首筋に立てられた方天戟の柄をがっしりと掴んだ。



「うおおおおおおおおおおおおおっ!!」



竹林を揺るがす雄たけびとともに、方天戟の柄をへし折る!!


「やった!!」


李吉が叫んだその瞬間。


大きく後方に吹き飛ばされるフェラクリウス。


素手での中段突きがフェラクリウスの腹部に直撃していた。


柄を掴まれた瞬間、跋虎は即座に武器を諦め次の攻撃に移行した。


全身を覆っていた皮膚硬化は、武器を破壊しようとした時点で解けている。


超越者の突きをモロに受け、方天戟の刃側を握ったまま背中から倒れるフェラクリウス。


同時に跋虎もまた膝から崩れ落ちた。


突きの瞬間、フェラクリウスの左フックが顔面を捉えていたのだ。


丸太のような腕から放たれた一撃。


反撃に脳を揺らされ、跋虎の視界にはチカチカとフラッシュノイズが混じっていた。


よろよろと立ち上がる跋虎。


フェラクリウスもまた、腹に手を当てながらゆっくりと起き上がる。


互いにまだまだ闘志は萎えていない。


「…お前」


喋ろうとして溢れ出した血をいったん拭ってから跋虎は続けた。


「……たまらんな」

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