第107話 咬み合い


戦士たちの死体と巨大な魔獣の死骸が転がるすぐ傍で激しい金属音が鳴り響いている。


跋虎バッコの武器だけが相手の急所に届く間合い。


フェラクリウスはその猛攻を捌き続ける。


が、次が出ない。


受ける、捌く、崩す。


ここまでが反撃を確実に成功させるためのワンセット。


先程は相手を“崩さず”に無理やり突っ込んだために失敗した。


同じてつを踏むわけにはいかない。


だが崩せない。


捌いても捌いてもすぐさま体勢を整えて何度でも打ち込んでくる。


跋虎の体幹の強さを表すとともに、技術の高さも示していた。


一見荒々しく振り回しているだけに見えるが、捌かれづらく、崩されづらく、攻撃が繋がりやすいフォームとして洗練されていた。


フェラクリウスはそんな跋虎の連撃を上手に捌いてはいるものの、不本意な間合いに留まり続ける事を強いられている。


同じ超越者でもダンテには強すぎるが故の驕りがあり、そこに付け込む隙を見出した。


だが跋虎にはそれがない。


実力はダンテが上だが、全力で向かってくる分苦戦を強いられる。


それほどまでに、フェラクリウスと跋虎では実力が拮抗していた。


この状況において、武器の相性が強く影響している。


フェラクリウスの得物はとにかくリーチが短い。


その分扱いやすいため相手の攻撃を上手に捌いているが、結局のところ方天戟を掻い潜って行かない限りは反撃は成り立たない。


ただ防戦を続けるだけでは勝利は無い。そのうえ常に自分だけがリスクを負っている状況。


打開する必要があった。


焦りは無い。ただ、タイミングを待つ。


相手が強く振ってくる瞬間、武器同士を激しくぶつけて、方天戟を弾く。


跋虎の袈裟斬り。弾けば懐が空く。


グッと力を込め、足を大地に固定し、方天戟の刃に向かって得物を振り抜いた。


その時フェラクリウスは虚を突かれる。


武器同士が接触する前に、跋虎は攻撃の軌道を変化させた。



フェイント!!



フェラクリウスの得物が空を切る。


袈裟斬りから強引に武器を引き、突きへと移行。


フェラクリウスは空振りの勢いに身を任せ、そのまま横方向に前転して間合いの外へエスケープした。


危機一髪。


追撃が来ていたら危なかったが、流石に無い。


無理矢理に軌道を変えたが故に洗練されたフォームが崩れ、追い打ちをかける事は適わなかった。


だが、重要なのは窮地を凌げたことよりも反撃のタイミングを察知された事。


…読まれていた。


どこから?


見てから反応というには早すぎる。


予測していたというには強引すぎる。


タイミング的には動作に入る寸前に気付いたように感じた。


「…におい、か?」


指摘を受け、跋虎の傷だらけの顔面が綻んだ。


「気付くか!?

 やっぱ違うなお前!」


最初に言っていた。自分には“氣”の匂いがわかると。


戯言たわごとでも比喩でもなく、確かに感じ取る事が出来る第六感の一種。


「今、お前の右腕に強烈な“匂い”を感じた。

 氣を込めた一撃で、武器を弾こうとしただろう?」


特別意識して氣を込めたつもりはないが、力むことで反射的に作用してしまったようだ。


そこを察知された。


「俺は“匂い”によって一手早く反応出来る。

 時間にすればほんの僅かな差だが

 俺たちの駆け引きにおいてどれだけ大事な一瞬か、

 わかるよなあ?」


フェラクリウスは優れた洞察力と反射神経を武器に戦う。


跋虎はその“洞察力”よりも早く反応出来る。


つまり、常に跋虎の方が先に反応出来るという事である。


武器のリーチと、反応速度。


実力が拮抗した者同士の戦いで、この二つのハンデは重くのしかかる。


「だが、あくまで“氣”の匂いが変化した場合のみだ。

 頑張って攻略してくれよ」


当然フェラクリウスもそのつもりだが、相変わらず余裕の態度を見せる跋虎。


得意げに自ら手の内を明かすのは相手をナメているわけではない。


既に予測をたてられている以上秘匿は無意味であると同時に、知られても問題無いと判断しているのだ。


彼の特性には、対策が取りづらい。


逆手取るには攻防が速すぎる。


如何にフェラクリウスに操氣術の才能があろうとも、この高速の斬り合いの中で歴戦の超越者跋虎を欺くほどの操作は出来ない。


…操氣術。


アンの国での戦いにおいて、これほどまでに重要になるとは。


フェラクリウスはその言葉を噛み締めていた。

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