第105話 味を占めた者


「え、ちょ、ちょっと待ってよ!

 おじさん、やるの!?」


慌ててフェラクリウスを止めに入る白姫ハクキだが、彼の目はもう跋虎バッコに釘付けになっていた。


「やる」


「そりゃあやるだろう。

 さっきからそいつの“やる気”はビンビンじゃねえか」


跋虎がフェラクリウスのペニケを指す。


これは別に戦闘を求めての戦意昂揚ではないのだが、誤解されても仕方ない。


「決闘を受けた人間としか戦わないんでしょ!?

 そんなの、受ける必要ないのに!!」


必死に説得しようとする白姫ハクキを跋虎が窘める。


「言ったろ嬢ちゃん。

 意味なんていらねえのさ。

 目の前に強えぇ奴がいれば、誰だって“こう”なる」


「私はならない!」


「そうとも。それはお嬢ちゃんが弱いからだ。

 自分よりも格上の相手に負ける事が怖いからだ。

 俺たちは違う」


「…戦いに取り憑かれた異常者ってワケ?」


「普通さ。

 言ったろ、誰だってこうなる。

 “力”の味を占めちまえばな」


自信満々に語る跋虎に言い返す事が出来ず、白姫ハクキは黙ってしまった。


全く理解出来ない訳では無い。


白姫ハクキも、村を守るために三人のならず者と戦った時。


戦闘を避けられなかったのも確かだが、意気揚々と戦いを受けた。


それは自分の方が相手にまさっているという確信があったから。


この状況とは違う。


明らかに“抜けた”戦闘力を持つ超越者同士の戦い。


勝ってもただでは済まない、負ければ死ぬ。


勝敗がわからないこの戦い、避けられるなら避けた方がいいに決まっているのに。


「フェラクリウス…だったな。

 お前を殺して鸞龍ランリュウに挑むとするぜ」


跋虎が肩にかついだ武器を降ろす。


中段に構え、槍先をフェラクリウスの首元に向けた。


槍の先端両側に、三日月状の刃が内側に弧を描いて取り付けられている。


食堂でも見た、あの特徴的なハルバードの亜種。


これは“方天戟ほうてんげき”と呼ばれるアンの国の武器。


斧から派生したハルバードとは異なりこの武器は槍から派生したものと言われている。


とはいえ、運用はハルバードに近い形で扱われ、長いリーチで斬る、突く、引っ掛けるなど複数の用途を持つ。


長さは目測約2.5メートル。


初見のフェラクリウスが知る由もないが、一般的な方天戟よりも柄が太く刃は大きく、力の強い超越者仕様となっている。


そう、ダンテが重量のある剣を片手で軽々振り回したように。


腕力のある者は重さを苦にせず、むしろ攻撃力と耐久力の高い物を好んで扱う。


それに対してフェラクリウスの武器は、言っちゃ悪いが跋虎の方天戟に比べればなんとも貧相なものである。


いや、これを“張形はりがた”としてみれば十分相手を満足させられるサイズではあるのだが。


あくまで武器としてみればの話である。


「なんだあそりゃ?

 ちんちんか?」


跋虎の挑発を意に介さず、フェラクリウスが構える。


「…悪いがお前の戦いはここまでだ」


武器を持つ右半身を前に出しフェンシングの構えアンガルドのように剣先を相手に向けた。


半身を引く事で自分の急所を隠し、相手から見てターゲットエリアをなるべく小さくする。


長柄の武器を相手にフェラクリウスの武器はあまりにもリーチに差がある。


が、虎のように全身で突っ込んでくるよりは武器を突き出してきた方が幾分捌きやすい。


跳虎の時とは違い、今度は前後で間合いを管理する。


ここからは人対人。


歴戦の超越者同士の駆け引きが始まる。


向かい合う巨漢と巨漢。方天戟とディルド。


ここまで武器のリーチに差があるとフェラクリウスがやるべきことは一つ。


受けて捌いて崩す。それくらいしかない。


そんなことは相手もわかっている。


互いに了承済みの攻防が始まった。

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