第103話 アンタッチャブル


「食堂で会ったときからわかってたぜ。

 跳虎をぶっ殺すのはアンタだろうってな」


跋虎バッコと呼ばれた男はまるでフェラクリウスしか見えていないかのように他の二人を無視してこちらに近づいて来る。


「“出てる”もんな。臭いが」


におい?言葉の意味が理解出来ず、フェラクリウスが聞き返す。


「“氣”の臭いだ。

 強者の臭いがプンプンするのさ」


“氣”に臭いなんて存在しない。


操氣武術を学んだ白姫ハクキはそんな話、聞いたことが無い。


だが、この男は確かに感じ取っていた。


それはいわゆる“臭い”では無く、別の何か。


嗅覚とは別の感覚、いわば跋虎にだけわかる第六感。


「フェラクリウス、その男…知ってるの?」


白姫ハクキが恐る恐る尋ねる。


「一度食堂で同席した。

 それだけだ」


そう答えたフェラクリウスに対し、李吉も叫ぶ。


「そいつは跋虎!お尋ね者の元賞金首です!!」


元。という事は、今は賞金首ではないと?


フェラクリウスの問いに李吉が答える。


「今はもう、そいつに誰も手を出しちゃいけないんです!

 跳虎と同じ、触れてはいけない存在…。

 国が認定した超越者なんです!!」


超越者…!


「そんなに怯えるなよ。

 女子供に手ェ出すほど野暮じゃねえやい」


そう言って跋虎は地に伏した跳虎の背にどっかり腰かけた。


「まぁー随分とえげつねえ殺し方したもんだなぁ」


フェラクリウスは黙って跋虎を睨みつける。


二人がこれだけ動揺を見せている以上、警戒を解くわけにはいかない。


「シケたツラすんなよ。

 言ったろ、動物虐待なんてつまらねえってよ」


そんなフェラクリウスの心境をあざ笑うように、跋虎は一切敵意を見せる様子が無い。


「何をしにきた?」


「まぁかけろよ。

 一仕事終えたばかりで疲れたろ?

 そう急ぐこたあねえ」


「お前は何者だ?」


「んー」


お互いの主張を譲る気がないため、会話がかみ合わない。


見かねた白姫ハクキが割って入り、この国の事情を知らないフェラクリウスに説明する。


「自己紹介はいらない。そいつは跋虎。

 アンの国中の猛者を探し回っては決闘を挑み殺して回る戦闘狂。

 立ち合った者は必ず命を奪われると言われてる」


「そーおなんだよ、よくわかってるじゃねえか、お嬢ちゃん。

 おい聞いてたか?おっさん」


自分の年齢を棚に上げて、跋虎が馴れ馴れしくフェラクリウスに語り掛ける。


「俺が殺す奴の条件は二つだ。

 今両方入ってたろ?それだよ」

「決闘を挑んで、それに応じた者。

 そして、猛者。強ええ奴としか俺はやらねえ」


跳虎の死体の側で語り合う二人のおじさん。


少し離れた位置で、跋虎の動きを警戒する李吉と白姫ハクキ


跋虎と距離を取るよう促すが、フェラクリウスは動かない。


「お前よお、俺たちが偶然出会ったとは思わんだろう?」


若い二人を気にも留めず、跋虎は会話を続けようとする。


まるで旧友に偶然再会したかのように。


「導かれてきたんだよ、俺もお前も」


跳虎が出没したこの地にいれば、それを倒して名を上げようとする猛者が集う。


そして、実際に跳虎を倒したものこそが彼の求める強者であるという事か。


「何故強者を求める?

 それほどまでに、ボロボロになりながらも」


「ボロボロたぁ言ってくれるな。

 俺にとっちゃあ一つ一つが名誉の傷なんだがよ」


跋虎はそう言って顔の傷痕をなぞる。


超越者の顔に複雑に刻まれた凹凸は、相手もまた強者であったことの証明である。


「聞いてくれるかい?

 俺が強者を倒して回る理由をよ」


「そいつに興味を持っちゃダメ!!」


白姫ハクキが跋虎の発言を遮るように叫ぶ。だが跋虎はお構いなしに続けた。


「聞いてくれ。

 話したい気分なんだよ、今日は」

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