第102話 生き残った者
「おみごとです!
さすがはフェラクリウスです!!」
事の終わりを見届けた二人が駆け寄る。
「怪我はありませんか!?
僕、最初から見届ける事が出来なくて残念です!」
李吉がフェラクリウスの身を案じる。
紙一重の戦いではあったが、跳虎の攻撃はフェラクリウスの身体に触れていない。
少しでも触れていれば彼は今ここに立っていなかったかもしれないのだから。
「無傷で…本当に凄い…」
こんなペニケをヒクヒク動かしている薄汚れた身なりのおじさんが。
たった一人でこの巨大な魔獣を倒してしまうなんて。
「でも、申し訳ねえです。
僕、絶対にフェラクリウスの
役に立って見せようと思ってたのに、
何も出来ませんでした」
落ち込む様子もなく、明るく笑顔で反省を口にする李吉。
「いいや、あの一撃を当てられたのは
きっちゃんのおかげだ」
そう言うとフェラクリウスは股間のペニケについた小さなポケットから一粒の豆を取り出した。
「あ!パンティーおまめ!!」
これが
豆一粒しか入らねえペニケのポケットに忍ばせた、フェラクリウスの暗器であった。
「あの技を撃つのは初めてだからな。
どうしてもある程度“溜め”が必要だった。
その時間を作ってくれたのが、
きっちゃんが渡してくれたあの豆だ」
「ありがとう、お前さんに案内してもらってよかった」
フェラクリウスはそう言って李吉の頭を撫でた。
なんでペニケに豆を潜ませているのか。
そんな疑問を掻き消すほどの衝撃に
「初めて…?
あなた、
「そうだ」
平然と言い放つ。
「俺の持つ技だけではきっと跳虎には通じなかった。
跳虎を倒せたのは、お前さんからあの技を受けたおかげだ」
あんぐりと口を開けて呆然と立ち尽くす
「あなた…発剄を知ってたわけじゃないでしょ?
覚えたの…?あの一撃を受けただけで……」
確かにフェラクリウスは発剄を知らなかった。
だが、それまで感覚のみで行っていた“氣”の操作を認識した今では。
あとは同じ事を真似る事が出来るかどうか。
体外の“氣”を吸収する感覚は既にフェラクリウスは体験していた。
そう。老婆のじょせいきによって。
老婆のじょせいきで初体験を済ませていたのだ。
そして
一度自分の身に受けた事で、感覚をはっきりと理解する事が出来たのだ。
「すまなかったな、
先程の発言を撤回させてくれ」
「…どれ?」
詫びてほしい事柄がたくさんありすぎてどの事を言っているのかわからない。
「お前さんの発剄は跳虎にも通用した」
そんな事、改めて言われるまで忘れていた。
『俺すら倒せないようなら虎に通じるはずはないからな』。
確かに、フェラクリウスは発剄を撃つ前にそう焚きつけて来た。
だがそれが本心からではなく、挑戦を受けさせるためにけしかけているのだという事も理解していた。
煽った本人の方が気にしていたというのは、なんとも滑稽である。
「奴を倒したのは、
お前さんから受け取った技のおかげだ。
誇ってくれ」
フェラクリウスにそう言われても
「
自分が倒したわけではないのに、納得出来るはずもない。
「跳虎を倒した手柄はあなただけのもの。
そんな形で分けてもらったって嬉しくない。
私はただ、あなたに技を盗まれただけ」
不機嫌そうな物言いに、フェラクリウスは困ったように頭を掻いた。
でも、と、
「…私の分の剄も打ち込んでくれたと考えれば、
少しは救われるかもね」
そう言って微笑むと同時に、その両目から涙が零れ落ちた。
あれ?と、驚いたふりをしながら涙を隠す。
感情の堰が切れたように、止まらなくなってしまった。
家族を想い、必死でここまで駆け付けた事。
村が無残な形で滅んでしまっていた事。
そして、跳虎という強大な敵に立ち向かおうと決意した事。
ほんの数日間ではあるが、人生で最も苦しかった時間の記憶が蘇る。
自分で成し遂げた訳では無い。
だが、その結末を見届ける事が出来た。
自分が過ごしてきた村での、一つの時代が終わった。
止めどなく溢れてくる涙を隠すため、
その背中を見てフェラクリウスも、ようやく達成感が湧いて来た。
人の業を被せられた虎を倒した事に対して罪悪感を感じていたが、少なくとも自分の目的は果たす事が出来た。
今は、これ以上の被害者を出さずに済んだ事を喜ぼう。
「おー、やったか。
やっぱりアンタだよなあ?」
突然、底抜けに明るい中年の声が平原に響いた。
それはフェラクリウスにとって聞き覚えのある声。
巨大な長兵器を担いで現れたのは身長190センチ近い大男。
顔には特徴的なあの傷痕が。
跳虎の手にかかったならず者の死体を蹴とばし、にやにやと笑みを浮かべている。
李吉はその姿を見て、ハッとしたようだった。
「あれえ?え。
フェラクリウス、このおじさんって…」
中年の声に反応し、
「え…嘘、この人…」
彼女もその男に心当たりがあった。
「
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