第101話 必殺


集中力を高めるフェラクリウス。


それを真正面に捉え睨みつける跳虎。


戦いを見守る白姫ハクキと李吉。


機を伺うかのような低い唸り声が響く。


フェラクリウスは跳虎の全身に目を配る。


呼吸を静かに、相手に悟られない。


なるべく一呼吸を長く、深く。


呼吸でリズムを取ると、外されたときに対応が遅れるからだ。


重心を中央に取り、両脚の負担を均等にして待つ。


突如、何の前触れもない唐突な跳虎が飛び掛かった。


拡大するように、目の前の巨獣が視界いっぱいに映し出される。


だがフェラクリウスはサイドステップで回避。


確かに速い。


今まであったどんな獣よりも。


だが、わかる。


それは跳虎が巨大であるが故の弱点でもあった。


サイズが大きい事で、筋肉の収縮がわかりやすくなっているのだ。


僅かな動きであっても、フェラクリウスは見逃さない。


更に、筋力こそ強化されていても体重の大きい跳虎の飛び込み前の“溜め”は想定より長く感じられた。


飛び込みの速度が速くても、予備動作を捉える事で回避は可能。


一度相手の飛び掛かりを見た事でそれに気付き、フェラクリウスは敢えて一番危険なこの攻撃を誘い出した。


相手は間合いの中、遂に反撃のチャンス。


いけ!!


白姫ハクキが李吉の手を握る。


だがフェラクリウスは武器を構えるのではなく。


握りしめた左手から親指で“何か”を弾いた。


飛蝗石ひこうせきッ!!)


かつて白姫ハクキ石礫いしつぶてと勘違いしたそれは、跳虎の顔面をかすめて明後日の方向へと飛んでいく。


それは直接当てても何の意味もない。


狙ったのは、虎の習性。


素早く動く物を反射的に追ってしまう動体視。


跳虎もまた、“それ”を追ってしまった。


即座にフェラクリウスの方へと向き直ってももう遅い。


その男は既に跳虎の真下にいた。


二メートルを超える身長が半分になるほど、深く沈みこんで。


打ち込んだのは、右のアッパー。


武器による殴打ではなく、素手の一撃。


当然そんなものでダメージが通るはずはない。


跳虎の皮膚と魔力の鎧を貫通することなどありえない。


「あ……」


インパクトの瞬間、白姫ハクキが何かに気付いた。


足元に。自分が乗る地面の下をうごめく何か。


大蛇が這いずるような感覚。


それは大地の経絡。フェラクリウスを中心に、凄まじい量の氣が一斉に動き出した。


(これ…まさか…ッ!?)


まるで大樹が地中の水分を吸い上げていくかのように流れ込んでいく。


拳を高く掲げんとしている男の元へ。



発剄はっけいッ!!



吸い上げた“氣”を、拳へ。


蛇鷹掌じゃようしょうの。いや、操氣武術の極意“発剄”は、跳虎の防御を突き破った。


パキイイィィン、という甲高い音が周囲を揺らす。


衝撃が頭蓋を破壊し、脳天から突き抜ける。


顎の下にマグナム銃を密着させて発射されたかのような壮絶な一撃によって、眼球と脳が弾け飛んだ。


跳虎はもはや何をする事もかなわず、スカスカになった顔面からベロンと舌を出してうつ伏せに倒れ込む。


ドスン、と倒れざまに大地を揺らし、跳虎の生涯は終わった。


終わってみれば無傷での勝利。


犠牲者の数に比べれば呆気ない結末と言えるかもしれない。


だが、とうに覚悟を決めたとはいえ動物を殺す事に思うところが無い訳ではない。


「…すまない」


そう言うとフェラクリウスは跳虎の頭に打ち覆いのように幼児用パンティーを掛け、祈りを捧げた。


彼にとっての最大限の敬意である。決してふざけているわけではない。


人が生み出した怪物、跳虎。


この巨獣が何のために生み出され、なにゆえ人の世に放たれたのか。


フェラクリウスが答えを知る事は無いだろう。


彼の行いが正しかったのか、誤りだったのか。様々な見方が出来る。


『後味の悪い狩りになる』。


鸞龍ランリュウは忠告した。


まさしくその通りだった。だが、全て理解した上で。


彼はアンに生きる人々を守った。


それがフェラクリウスの選んだ道なのだ。

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