第100話 獣と超人


実はフェラクリウス、獣と対峙した事は少なくない。


彼の故郷には熊も虎も狼も、人を襲う猛獣は数多くいたからだ。


猛獣と戦う際のコツは理解している。


絶対的に気を付けなければならないのは飛び掛かり。


四足動物の跳躍は予備動作が小さく、前進するスピードも速い。


よって間合い管理は前後ではなく左右で行う。


虎は前足を手のように使い獲物を掴んでから牙で食いちぎる。


仮に押し倒されたら逃げる暇は与えないだろう。


また、獲物を弱らせるためにその鋭い爪で切り裂いてくる。


これはあくまで経験の限りだがフェラクリウスの反射神経なら見てから対処する事が出来る。


とにかく飛び掛かりに気を付ける事。これに尽きる。


ではどのように攻略するか。


フェラクリウスはサイドステップで側面に位置取る。


それから激しく踏み込み、距離を詰める。


牽制の一撃。これは空振り。


敢えて間合いの外。互いに安全な位置で武器を振った。


これは威嚇で、跳虎が怯んで保守的な動きになってくれればこちらも立ち回りやすいと踏んでの事だった。


だが全く怯む様子が無い。


人間からの攻撃など、意に介する必要はないという事か。


跳虎はあくまで強気な姿勢を見せてきた。


攻撃力の高い相手が攻めっ気を出していると、こちらはどうしても防御に気を配る比率が高くなる。


攻撃を当てるきっかけが欲しい。


そのとき、フェラクリウスのイチモツが“何か”を察知した。




一方、白姫ハクキと李吉はフェラクリウスを追う。


本当にあのガタイで、驚くほど速く走るものである。


白姫ハクキは李吉が息を切らさないよう、無理のないペースを保った。


李吉もこの二日の疲労が蓄積しているせいか、足取りは重い。


「まったく、あのおじさん。

 こんな危ない場所に子供を連れて来るなんて。

 私に会わなかったらどうするつもりだったんだか…」


早くフェラクリウスの元に駆け付けたい思いをごまかすように、白姫ハクキは悪態をついた。


李吉はいつもの笑顔を作り、それに反論する。


「僕が無理を言ってついてきたんです。

 フェラクリウスはいつも優しいですよ」


「…そうなんだろうけど。

 本当にあなたのためを思うなら

 厳しく突き放す事も…」


「わかりますよおねーさん。

 でも違うんです。

 フェラクリウスは僕の夢を尊重してくれたんです。

 そのうえで同行を許してはくれたものの、

 決して僕を危険な目に合わせる気なんて

 なかったと思います。

 あの人は子供は国の宝だと言ってくれました。

 『ちんこまっかなり』と言っていたです」


「…なんでそんな事子供に言うの?

 今その情報関係ある?

 あとそれは…乱暴に扱いすぎなんじゃない?」


李吉は「チンは国家なり」を間違えて覚えてしまっていたが、勘違いは誰にでもあるので仕方ない。


仕方ないがそのせいで白姫ハクキの頭には無数の「?」が浮かび、会話は途絶えた。


そのとき、ようやく先程フェラクリウスが出会ったならず者を発見する。


白姫ハクキが近づき脈をとるが、既に息は無い。


そして、すぐ先で獣の唸り声が。


「…いる。李吉くん、下がって」


白姫ハクキがゆっくりと進んでゆく。


竹林を抜けて平原へ。


そこにいたのは、睨み合う巨獣と大男。


規格外の巨体を持つ虎と人間の戦いは既に始まっている。


「フェラクリウス!!」


後から現れた李吉が思わず声を上げたその時。


反射的に跳虎が二人の方へと振り返る。


対してフェラクリウスは、二人が近づいている事を“タッチャマン”の反応によって察知していた。


視線を切った瞬間を、フェラクリウスは見逃さない。


深く飛び込むと同時に、強烈な打ち下ろし。


それは老師に致命傷を与えた唐竹。



赫 天 牙あかてんが !!



右前足の肩口に命中。しかし。


効いていない。…これは。


確かに先程の赫天牙、“スピード”と“キレ”はあったが“重さ”が足りなかったかもしれない。


それもダメージが通らない理由の一つにあるだろう。


だが、恐らくは跳虎の持つ硬質な筋肉と魔力によって弾かれたのだ。


虎はただでさえ人間を遥かに凌駕する攻撃力を備えている。


跳虎の恐ろしいところは、魔力による身体能力の向上よりもむしろこの防御力。


耐久力こそが脅威なのかもしれない。


跳虎は自分を攻撃してきた相手の方に即座に向き直り、咬み付こうとする。


強く踏み込んだ分動作が遅れるも、なんとか下がって回避。


間髪入れない跳虎の追撃。


左前脚による爪撃、これも更に後ろに避ける。


先程も言ったが、四足動物に対しての間合い管理は前後ではいけない。


フェラクリウスもそれはよく理解している。


それでも想定外の出来事によって、他に逃げる方法がなかったため意図せずこの状況に置かれてしまった。


一連の攻防のうち、虎の正面に捉えられていた。


来る…。飛び掛かりが!


跳虎がフェラクリウスに覆いかぶさるように突っ込んでくる。


その重みに大地がえぐれ、周囲に土を吹き飛ばした。


フェラクリウスは。


身体をひねり、横っ飛びに吹っ飛んでいた。


不自然な姿勢だが、脚力にものを言わせて無理やり回避。


ゴロンと一回転し受け身を取るも、体勢は悪い。


もう一度跳虎の爪撃。


手足を使って四足で走るように不格好に側面へと回り込み、これも回避。


防戦一方だがなんとか仕切り直せる間合いへと逃げ込めた。


間一髪の状況をしのぎきり、ふうと大きく息を吐くフェラクリウス。


見守っていた二人も同時に胸を撫で下ろした。


「凄いです、フェラクリウス…。

 今の猛攻を無傷でやりすごすなんて」


夢中で見入っていた李吉が興奮して身を乗り出そうとする。


白姫ハクキはそれをなだめながら、冷静に状況を見る。


「でもその前の上段が効いてない。

 会心の一撃に見えたのに…!」


攻撃が通らなければどれだけ持ちこたえても勝機は無い。


もっと強力な武器があれば…。


しかし、辺りに転がる槍などの長兵器もやや頼りない。


「…っていうか、あのおじさんが持ってるのは何!?

 暗器じゃん!!

 私の点穴針てんけつしんと何が違うの!?」


「おねーさん、あれは暗器じゃなくて淫具です。

 冗談でも虎の前でちんちんを振り回せますか?

 それも、股間のと合わせて二本も。

 フェラクリウスは大真面目です」


真剣なまなざしでフェラクリウスを見守る李吉。


それは大真面目なの…?


李吉の理論が理解出来ず、白姫の頭にはまたしても「?」が満ちていく。


跳虎は二人に見向きもせず、目の前の大男を睨みつけている。


よそ見をしている隙を衝かれた事を学習しているのか、それとも二人に攻撃の意志が無い事を確認したのか。


或いはこの「目の前の大男」こそが他の何よりも危険であると判断しているのかもしれない。


先程の赫天牙、相手は無傷に見えるが跳虎の注意を引き付けるには十分だったのだろう。


一方、フェラクリウスは鸞龍ランリュウの言葉を思い出していた。


『フェラクリウス、アナタはもう使う準備が出来ている。

 実際に見る、もしくはその身で受けてみた事でね』。


『試してみるといい。アナタならできる』。


…やってやる。


フェラクリウスはグッと大地を踏みしめ、集中力を高めた。

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