第99話 跳虎


三人は跳虎の追跡を続ける。


しばらく進んだ先で、痕跡に変化があった。


複数の足跡。それも人間の。


向かう先は当然、虎の破壊痕に同じ。


「先を越されたかも…」


白姫ハクキがフェラクリウスを見る。


「…先を急ごう」


足跡の数から複数人、正確にはわからないが四、五人の集団だと思われる。


地面には他にそん、つまり槍の先端と逆側、石突いしづきをついたような跡も残っている。


だとすると、明確に戦う意思を持った人間たち。


跳虎を倒して名を上げようというならず者だろう。


「どうする?

 同じルートを辿っていては後手に回る事になるけど…」


「かといって先回りする術も無い。

 きっちゃん、ペースを上げても大丈夫か?」


「僕は余裕ですよお。

 お二人に着いて行きますから」


話す調子はいつもと変わらないが、口数が減っている。


気の毒だがここは我慢してもらうしかない。


この子自身、足手まといにならない覚悟を持ってここまで来たのだ。


それを無下にするような気遣いはかえって李吉に失礼である。


フェラクリウスは追跡のペースを上げた。


更に三十分ほど進むと、新たな変化が。


竹の破壊痕が荒く、激しくなっている。


跳虎も追跡に気付き、ペースを上げたのか。


こうなるともう油断は出来ない。


虎の狩りの基本は、“潜伏”と“奇襲”だ。


この先で待ち伏せされている可能性もある。


「…まずいね、これは」


白姫ハクキも状況を理解し、不穏な汗を拭う。


“先客”は無事だろうか。


進んでいく中、遠くで悲鳴が聞こえた。


「始まった!?」


「きっちゃん、乗れ!!」


フェラクリウスが屈み、昨日のように李吉を背負おうとする。


が、李吉はこれを拒否した。


「走ります!

 これから本番って時に、

 体力を消耗させられませんから!」


「行って!フェラクリウス!!」


白姫ハクキが李吉の手を引く。


フェラクリウスは頼んだと告げて一人駆け出した。




男たちの怒声が聞こえる。


間違いない、この先で跳虎と戦っている。


戦士たちの雄たけびは次第に近づいてきて、しかしパタリと止んだ。


フェラクリウスは足を止める。


見つけたのだ。


一人、戦闘に参加していたと思われるならず者を。


先の折れた槍を杖代わりに、よろよろと来た道を戻ってくる。


フェラクリウスに気付いている様子はなく、ドッと膝をつくとうつ伏せに倒れ込んだ。


駆け寄るって声をかけるも、すでに意識が朦朧としているようで反応が無い。


ただ荒い呼吸の音だけが響いた。


背中には深い傷跡…虎の爪痕か。


これが致命傷になっていた。


フェラクリウスが何をすることも出来ず、男は絶命した。


男の遺体を寝かせ、虎を追う。


標的はすぐそこであった。


少し進んだ先で、バッと視界が開けた。


空を覆っていた竹の葉もない。


竹林を抜けた先。


そこには青々とした平地が広がっていた。


遠くには湖紗ゴシャの城壁が見える。


そして目の前には…遂に“そいつ”が現れた。


累々と横たわる死体に見向きもせず、こちらを睨みつける巨獣。


フェラクリウスも瞬時に得物を抜く。


身体に突き刺さった槍の残骸。


湿った口元にまとわりつく血痕。


そして、威風堂々たる佇まい。


標的に間違いない。


フェラクリウスが想定したサイズより一回り大きい。


体長300センチは優に超え、体高は160センチ以上。


隆々とした筋肉は太く逞しく、引き締まっていて芸術的ですらあった。


計算の元、人工的に鍛え上げられたかのようだ。


いや、まさしくそうなのかもしれない。


魔法が生み出した怪物。


これが跳虎。


ペースを上げたのは追跡を逃れようとしていたのではない。


誘い込んだのだ。存分に動ける場所へ。


何故ならここで行われるのは狩りではなく闘争。


身を隠す場所など必要ない。


ただ本能のままに、闘争心の赴くままに暴れられる場所を求めていたのだから。


この地は跳虎があつらえた決戦場なのだ。


フェラクリウスがゆっくりと歩み寄る。


英雄の虎退治が、今始まった。

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