第98話 成長


まず踏み込んだ足が地に着き、そこから重心移動で挑掌ちょうしょうを打つ。


その瞬間。白姫ハクキの両脚から大量の“氣”が湧き上がってくる。


蓄剄ちくけい。そして、発剄へ。


これぞ操氣武術「蛇鷹掌じゃようしょう」における必殺技。


大地から“氣”を吸い上げ我が物とし、自らの氣と共に相手に向かって放つ。


これを打ち込みと同時に…撃ち込む…!



……凄まじい衝撃音がした。



分厚い鉄板に巨大な鉄球をぶつけたような。


耳を覆いたくなるような鈍い音の波。


二人を中心に、落ち葉がザッと舞い上がった。


「……信じられない」


だらんと両腕を降ろし、愕然とする白姫ハクキ


先程と何ら変わらぬ格好で目の前に立っている大男。


フェラクリウスは白姫ハクキの発剄に耐えて見せたのだ。



操氣術…!



発剄の“受け”には正解がある。


攻撃を捌き受け流すのと同じ事を、氣の流れによって体内で行う。


相手から打ち込まれる“剄”を、ダメージの小さい方へ逃がす。


これには発剄以上に難しい技術を要する(取得する順序は発剄より先だが)。


達人になれば無傷で“流す”事も可能だが、基本的にはダメージを織り込み済みで受けるものである。


当然、フェラクリウスはそんな高等技術を知らない。


だから彼は。


受けた。真っ向から。


あの凄まじい衝撃を、左腕に大量の魔力を流しコントロールする事で。


この時フェラクリウスが取った防御法は二つ。


一つは鸞龍ランリュウの見せた、皮膚の硬質化。


いや、表面だけではない、筋肉も、骨も、全てを硬化させて。


同時に左腕を硬いゴムのように変化させた魔力で覆い衝撃に備えた。


そんな技は鸞龍ランリュウも見せてはいないし、フェラクリウスも意識してやったわけではない。


彼はただ、「衝撃に耐える」という意思を魔力と共に左腕に注ぎ込んだだけである。


そしてもう一つ。


彼が踏ん張った両脚は、がっしりと大地を“掴んで”いた。


これはカートが修行している操氣術の技術だが、フェラクリウスは誰に教わらずとも自然にこの技を体得していた。


そう、“性戯の鍛錬”によって。


頭の中で思い描いた、“凄い体位”のために。


本来なら、強い衝撃は逃がさなくてはならない。


脚を固定してしまっては、ダメージの逃げ場がなくなる。


壁を背にして突進を食らうようなものなのだから。


だがこの勝負ではフェラクリウスは発剄を受けて立っていなくてはならなかった。


笹の落ち葉が敷き詰められたこの滑る地面でバランスを崩しては立て直すのは困難とみて、“掴んだ”。


元より耐久力は人一倍。根性はそれ以上である。


まさしく真っ向から受けて、耐えきって見せたのだ。


勝利が確定した事を確認し、流石のフェラクリウスも深いため息を吐いた。


全身に微かに“流れた”氣の衝撃によって、少し頭がくらくらする。


左腕は…。やや痺れているが、恐らく問題は無い。


「見せて…」


白姫ハクキはそう言ってフェラクリウスの左腕を診る。


軽い筋炎を起こしているが、骨折などの重傷は負っていない。


信じられない。だが、間違いなく耐えた。


自分の“氣”と共に、吸い上げた大地の“氣”を乗せた超強力な一撃だというのに。


白姫ハクキは黙ったまま操氣術によって治療を行う。


武術と医術は表裏一体。


以前鸞龍ランリュウが行ったようにフェラクリウスの左腕に手をかざし、自らの氣で回復を促す。


作法は同じだが、実は方法が違い白姫ハクキは「治癒力を高める」操氣術で治療した。


鸞龍ランリュウのように「怪我する前の状態に戻す」操氣術は、使える者は恐らく世界に数人しかいない。


二人とも黙っている。


勝負を見届けた李吉も、いつもの朗らかな笑顔のままだが二人に言葉を掛けない。


白姫ハクキの治療によって、みるみる炎症が引いていく。


これは彼女の操氣術に呼応するように、フェラクリウスの氣が自然と自己回復を促しているためである。


「ああ、もう!なんなの、あなた?

 本当に化け物!!」


左腕が完治した事を確認し、白姫ハクキがバシッと二の腕を叩いた。


「勝負はあなたの勝ち。

 私の発剄が跳虎に通じないと

 認めたわけじゃないけどね。

 少なくともあなたを倒す事は出来なかった。

 だから私はあなたに従うしかない」


「…すまない、ありがとう」


フェラクリウスが左腕をぐっと伸ばし、具合を見た。調子は万全だ。


「すげえです!二人とも!

 壮絶な操氣術の応酬!!

 僕は痺れましたよ、マジで!」


彼女が敗北を認めたことで、重苦しかった空気が和らいだ。


続く李吉の賛辞に、白姫ハクキの口元も綻ぶ。


この勝負によって、彼女は二つの現実を思い知らされた。


一つは、自らの甘さ。


先程の発剄、彼女は本気で打ち込む事が出来なかった。


散々相手を脅しておきながら…恐れた。情けを掛けた。


本気で撃つぞと言い聞かせていたのは実は自分自身だったのだ。


目の前の男を信じる事が出来ず、耐えきれるはずがないと驕り。


相手を傷つける事を恐れるのは優しさともいえる。


だが、今この状況においては。


優しさは彼女にとって“弱さ”であった。


そんな甘さを持った自分が、自らの身を挺して自分たちを危険から遠ざけようとしているこの男に勝てるわけがなかった。


思い知らされた現実はもう一つ。


フェラクリウスという男の豪傑ぶりである。

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