第97話 必殺の技


フェラクリウスからの突然の要望に、白姫ハクキはキョトンとしたまま黙り込んでしまった。


「跳虎と一対一でやらせてほしい」


もう一度、フェラクリウスが告げる。


「…理由による」


その返答は意外にも冷静であった。


いくら跳虎が憎い存在だと言っても、彼の真意を問わずに答える事は出来ない。


それでも、納得いかない部分はある。白姫ハクキは不満を鎮めようと努めて平静を装う。


「もし名誉を求めて跳虎と戦おうとしているなら、

 私はあなたたちと別れて他の同志を探す。

 だって、あなた一人で戦おうとしているなら、

 私がここにいる意味って何?」


「…跳虎は親の仇なんだろう。

 その最期を見届けてもらうためだ」


納得するはずもないので敢えて黙っているが、彼女が一人で行動して命を落とさないよう見張る意味があった。


「おねーさん。

 フェラクリウスは名誉が欲しいわけじゃないですよお。

 僕は一緒にここまで来たからわかります」


李吉が庇うようにフェラクリウスの側に着いた。


「だから理由を聞いているの。

 納得する理由があれば嫌とは言わない」


意志が強く、聡明な女性だ。


嘘を吐いてごまかす事は出来ないだろう。


ハッキリと告げるしかない。彼女の意にそぐわない理由だとしても。


「三人が無事に帰るためには

 それが最善だと思ったからだ。

 跳虎は危険だ。お前さんたちを

 守りながら戦う事は出来ない」


ぴくり、と白姫ハクキの頬が引き攣る。


「…私たちは足手まといなんだ?」


ピリついた空気が二人の間に漂っている。


「そんな言葉は仲間に使うもんじゃない。

 お前さんにはきっちゃんに危険が及ばないよう

 状況を見守っていてほしい」


「私にだって跳虎と戦う理由はある!

 一緒に戦うために同行してると思ってたのに

 実は子守のためだったなんて言われても

 納得出来ない!」


彼女の言い分はもっともだ。


本来であればここに連れてくるまでに伝えておくべき事だった。


それを怠ったのはフェラクリウスの配慮が足りなかったと言わざるを得ず、言い訳はできない。


しかしお互い譲れないのであれば口論を続けても埒があかない。


フェラクリウスは乱暴な手段に出る事にした。


「…わかった。

 ならば勝負を挑む」


「えっ!?」


大男の唐突な提案に、白姫ハクキは大きく目を開いて驚愕した。


常に股間を大きくしているが、紳士的な男だと思っていたからだ。


「跳虎に挑む順番を決めたい。

 俺が勝ったらまずは俺一人で戦わせてもらう」


「私が勝ったら、私から…?」


自分一人で跳虎と戦う事は想定していなかった白姫ハクキは動揺を隠せなかった。


心のどこかで同行者がいるという“甘え”があった事に気付かされたのだ。


「その時は共闘の形でも構わない。

 そこはお前さんの希望に合わせよう」


「あなたと共闘するためには

 あなたを倒さないといけないって事ね」


白姫ハクキの額から一筋の汗が落ちる。


猛獣が相手となると経験不足は否めないが、人間相手であれば一対一でも自信はある。


だが、フェラクリウスは規格外の肉体を持っている。


それに…恐らくこの男、ただ者ではない。


鸞龍ランリュウが派遣した事や、恵まれた体格どうこうではない。


自分が操氣術を学んだからこそわかる、“巨人の気配”を感じる。


「わあ、フェラクリウス。

 ついに女を殴るんですね!」


李吉が明るい声で叫んだ。


「そんな事はしない」


フェラクリウスが即座に否定する。


この子は彼が女を殴ろうとする状況をどういう心境で見ているのか。


「…どういう事?」


フェラクリウスが提示する“勝負”について、白姫ハクキが説明を求めた。


「お前が跳虎に対して打ち込もうとしている

 操氣術。そいつを俺に打ち込んでこい」


そう言ってフェラクリウスはトンとへその上を叩いた。


「それを受けて立っていられたら俺の勝ちだ。

 俺すら倒せないようなら

 虎に通じるはずはないからな」


…それを聞いた白姫ハクキは。


つまらない冗談を聞かされたかのような苦笑を浮かべていた。


「…あなた、何も知らないんだね。

 生身の人間に発剄はっけいがモロに通れば

 本当に殺しちゃうんだけど。

 “受け”を知っている同門にすら

 本気で打ち込んだ事なんてない」


発剄は氣を衝撃として相手の身体に打ち込む。


それも威力を増幅させる操氣術としての“仕掛け”があるのだ。


文字通り、彼女の流派における“必殺”の技である。


「案ずるな。

 こちらにも用意はある」


フェラクリウスは自信満々に胸を張った。


その様子を見て、白姫ハクキはほんの少しやる気を出したようだ。


「…成る程。

 あなたも、操氣術の使い手ってワケ。

 でもね」


白姫ハクキは昨日のように見事な武術の套路とうろを見せる。


演武の締めに、右の穿掌せんしょう(指を閉じた掌)を空に向けた状態で前に伸ばし、右ひざを高く上げ、片足で伸びあがった。


左足一本で立っているにもかかわらず一切ブレる事の無い美しい姿勢は、武術の心得の無い者にもわかりやすく身体能力の高さを伝えた。


「女だからって甘く見ない方がいい。

 筋力では男に後れを取っても、

 氣の総量は女の方が優れているんだから」


それとね。と、白姫ハクキはフェラクリウスに付け加える。


「腹に打ち込むのは嫌。

 風穴開けたくないし、

 目の前のデカいのが邪魔だもん」


そう。彼のへその下には隆々としたペニケが脈動しているのだ。


“こいつ”が彼女の集中力を乱す事は間違いない。


「ならばここだ」


フェラクリウスは腰を落として姿勢を低くし、グッと左腕を曲げた。


「左腕…ね」


先日鸞龍ランリュウに治療してもらったばかりの左肘付近。


「利き腕とは逆のこちらなら

 負傷しても問題無い」


「じゃあ、穿掌せんしょうじゃ駄目だね。

 衝撃が貫通して脇腹を貫いちゃうし。

 挑掌ちょうしょうでやってあげる」


挑掌ちょうしょう。指を閉じて手の平を立て、相手に向けた状態。


剄の発射口を広くして、衝撃を分散させてくれるという事だろうか。


「私だって、むやみに人を殺めたくなんてないから。

 でも安心しないで。

 穿掌せんしょうが槍なら挑掌ちょうしょうでの発剄は槌。

 全力で備えないと…その腕、吹き飛ぶからね」


白姫ハクキの真剣な口調はとても脅しには聞こえない。


フェラクリウスが畳んだ左腕。打ち込む先に挑掌で触れ、歩幅を確認する。


「絶対に私が勝つと思うけど、

 しっかりガードしてね。

 ほんとに思い切り打つから」


もう一度忠告し、白姫ハクキはスッと適切な間合いを取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る