第96話 追跡


フェラクリウスの経験上、虎の追跡は難しい。


警戒心が強く、止め足バックトラックなど追手をかく乱する術を持っている。


また、ネコ科としては珍しく水を好むため、川などを泳いで移動されると追跡は更に困難になる。


だが跳虎に限ってはそんな心配は無用であった。


怪物が通った跡には、あちこち竹がなぎ倒されている。


この竹林地帯は跳虎にとって狭すぎるのだろう。


あるいは、奴にとって追跡者など取るに足らない存在なのかもしれない。


なんにせよ破壊痕を追っていけば、いずれは跳虎の元に辿り着くはずである。


来た道か去った道かは僅かな血痕を辿る事で判別出来た。


村人が抵抗した時に出来た傷か、それとも食事の後の粗相なのかは不明だが。


フェラクリウスたちはまた足場の悪い竹林の中を追跡する事になった。


白姫ハクキの故郷からも舗装された道が伸びていたのだが、目立つ道を好まないようだ。


もっとも、道の続く先には集落がある。


また多くの犠牲が出るよりは悪路を行くほうがマシであった。


「逃げる虎を後ろから追いかけて…

 追いつけると思う?」


白姫ハクキが疑問を口にした。


そんな事はフェラクリウスにもわからないが、傾向は読める。


「満腹の虎が積極的に狩りを続けるとは思えない。

 野生では餌にありつける回数が少ない分、

 普段はカロリーの消費を抑えようとするはずだ」


虎は単独であれば八日に一度も餌にありつければ十分だという。


デリカシーに欠ける言い方になってしまうが、村を襲ったばかりの跳虎は“十分な餌”にありついた後と言えるだろう。


まだそう離れていない場所に跳虎がいる可能性は高い。


「まぁ、あくまで一般的な話だがな。

 お前さんたち、跳虎について何か知ってるか」


逆にフェラクリウスに聞き返され、二人は少し言葉に詰まる。


「あんまり…。だって、

 目撃者もそんなにいないから。

 凄く大きい事と、好戦的である事くらい」


これではフェラクリウスが知る情報と大差無い。


「僕もそんな感じですねえ」


「もっと情報を集めてくるべきだったな」


フェラクリウスの発言は街でろくに聞き込みをしなかった事に対する自戒であったが、白姫ハクキの胸にも刺さる言葉だ。


「わ、私だって寺院から飛んできたんだもん!

 しょうがないでしょ」


白姫ハクキが照れ隠しに語気を強める。


「お前さんを責めてるわけじゃあない。

 村に残された爪痕と足跡から推測するに、

 今まで見て来た成獣の1.5倍以上ありそうだ」


「へえ、そんなもんなんすか。

 デカいデカい言ってる割には、

 なんか思ったほどでもないんすねえ」


1.5という数字を聞いて李吉は笑っているが、元のサイズを考慮すると相当なものだ。


フェラクリウスの身長が1.5倍になると三メートルを超える。


…いや、人間で例えるのは適切ではなかった。


怒張した男性器の平均サイズは約14センチと言われている。


1.5倍になると21センチ。その大きさがお判りいただけるだろうか。


21センチの男性器を怒張させている人間と、サウナで隣に座りたいと思うだろうか(もちろん、座りたい方は堂々と座って頂きたい)。


では一般的な虎の体長を200センチと設定しよう。


1.5倍すると300センチ。


これは他の動物で言うとバイソンやヘラジカの体長とほぼ同等である。


更に、全体のサイズが1.5倍であれば体重は3倍以上にもなる。


一般的な虎の体重を250キロとすると、跳虎の体重は800キロを超える。


跳虎はその巨体を魔力で動かしているのだという。


もっとも、上記はあくまで仮定であり、実物を見ない事には真相はわからないが。


意外な知識を見せるフェラクリウスに、白姫ハクキが尋ねる。


「…あなたって、虎退治の専門家?」


「まさか。

 まぁ、経験はあるがな。

 お前さんは?」


「…仲間と協力してなら、一度だけ。

 連携さえできれば私も戦える」


「その事だがな」


フェラクリウスが足を止め、白姫ハクキの方へ向き直った。


「奴の相手は俺一人でやらせてくれ」

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