第94話 ウーロンパンダ


村に残った全ての遺体を回収した頃にはすっかり日も落ちていた。


待っている間、李吉は横になりグースカ眠ってしまった。


疲労を隠していたのであろう。


フェラクリウスと白姫ハクキは十数体にもなった遺体を一箇所に集めて燃やした。


衛生的な問題もあるが、土葬では犬や猪が遺体を掘り起こすためである。


炎と煙が天へ昇っていく。


この時は李吉も共に並び死者のために祈りを捧げた。


遺体を焼却する臭いにも嫌な顔一つせず、李吉はただ黙って手を合わせた。


「…私はこの村の生まれなんだ」


おもむろに、白姫ハクキがぽつりと語り出した。


「両親からは婿を取って村で暮らすよう言われたけど、

 私は操氣術師に憧れてたから

 喧嘩別れみたいな形で村を出た。

 十二歳のときかな」


操氣術。確か、魔法の一種と言っていた。彼女の強さはそのためか。


「それから五年とちょっと、両親とは会ってない。

 跳虎が湖紗ゴシャに向かってるって聞いて

 急いで戻ったけど…。遅かった」


家族を救うために来たのに、待っていたのはこの惨状。


彼女の喪失感は計り知れないだろう。


「割り切るしかないのはわかってる。

 村を出なければ私は戦えなかったし、

 跳虎の話が届いてから村まで、

 これ以上早く着く事も出来なかったと思う」


自分に言い聞かせ、納得させようとしているのだろう。十七、八とは思えない程精神が成熟している。


「私の名前、白姫ハクキってさ。

 文字にすると、白い姫って書くんだ。

 田舎生まれの貧乏人の娘にはもったいない名前だって、

 よく笑われたもんだよ」


「よく似合う女性に成長した」


フェラクリウスの相槌にお世辞はいらない、と言わんばかりに、白姫ハクキは苦笑した。


「ずっとコンプレックスだったけど、

 親が遺してくれた名前だもん。

 これからは誇って生きなきゃね」


「…家族の遺体は?」


「別の場所に埋めたよ。

 骨の一部は持ち帰るつもり。

 村のみんなには悪いけど、特別だから」


彼女の隣には大事そうに包まれた荷物が用意されていた。


「これからどうするつもりだ?」


フェラクリウスの問いには、純粋な疑問と共に僅かな心配も込められていた。


「さあ?

 生き残りがいたとしても

 どの道もう村はお終い」


「村じゃない。

 お前がだ」


まだ整理がついていないかもしれないが、いつまでもここに残っていても危険である。


先程のようなならず者がまた来るかもしれないし、それに…。


何にせよこれからの道は彼女自身が考え、判断する必要があった。


「道場に帰るよ。

 だけど、両親を殺した仇がまだ生きてる。

 …跳虎は、倒さなくちゃいけない」


彼女は天に上る炎を睨み、力強く断言した。


決意を語る彼女の瞳は力強く、橙色に燃えていた。


…やはりそうなるか。またしてもフェラクリウスの懸念が的中する。


「暗器じゃ虎は倒せない」


「ああ、わかった?」


フェラクリウスの指摘に、白姫ハクキは何故か嬉しそうに腰にさげた巾着から鉄の棒を二本取り出した。


これは武術で使われる点穴針てんけつしんという暗器である。


15センチ程の長さで、中央に中指を通すリング、“鉄環てっかん”がついている。


これを握り込み、時には刃を防ぎながら、両端の尖った先端を敵に突き立てる。


「これは武器を持った相手用。

 素手の相手には素手でやる。

 そして獣には…」


白姫ハクキはスッと片足で立って構えると、套路とうろ…空手の形のように一人で演武を行う。


腰と肩を起点に、円を描くように身体をしならせ腕を大きく振り回す。


素早くキレのある動きは見る者を魅了する舞踊のようだった。


最後にフェラクリウスに向かって低く踏み込むと、へその前に掌を突き出した。


けいを打ち込む…!」


「…操氣術か」


素晴らしい演武であったが、距離が近すぎてフェラクリウスのペニケがピクンと反応してしまった。


白姫ハクキはぎゃあと悲鳴を上げて後ずさる。


フェラクリウスに全然悪気は無いのだが、女性が怯えてしまうのも無理は無い。


「それさあ、なんとかしてくんない?

 気になるから。なんで?ずっとそうなの?

 すっごく不愉快」


白姫ハクキが視線を向けないよう顔をそらしながらペニケを指す。


遺体を回収している時も、使者を弔っている時もこのままだった。


不謹慎にも程がある。


「ああ“ちんちんよわよわ病”の事か」


「えっ…?病気なの?それ」


「いや、ただの性癖だ」


「じゃあなんとかしてよ、変態!」


この後、フェラクリウスから“ちんちんよわよわ病”、またの名を“タッチャマン”が如何に手に負えない性癖であるか長時間に渡って語られたのだが、ペニケの利便性について言及したあたりで白姫ハクキは怒って民家に閉じこもってしまった。

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