第93話 故郷


倒れている男たちの容態を確認する。


一人は前頭部を砕かれ死亡。


一人は顔面が陥没し死亡。


一人は頸動脈からの出血により死亡。


三人とも助からなかった。


フェラクリウス自身は、賊と戦った際に相手の命まで奪う事は少ない。


だがそれは自分と賊の間に圧倒的な戦闘力の差があり、殺さなくても無力化する事が出来るという前提のもと成立している。


そしてこれは彼女の戦いである。


自分と主義が違うからといって、ハナから彼女を非難するつもりはない。


「えらい強い女の人ですねえ。

 フェラクリウスとどっちが強いんすかねえ」


目の前で人が死亡したというのに、李吉は普段と変わらずあっけらかんとしている。


子供に見せたい場面では無かったが、跳虎討伐にやってきた以上この先もこういった状況は避けられないだろう。


女性が怪訝そうにフェラクリウスを睨む。


「跳虎討伐の援兵ねえ。

 本隊は?竹海ちくかいに入ってきたの?」


「やだなあ、本隊は僕らですよお。

 援兵は二人だけですから」


李吉の説明に、女性は更に眉間のしわを深くする。


「…どういう事?

 国は湖紗ゴシャの民を見捨てたの?」


「逆ですよ、逆。

 今一番勢いに乗っているこの人が

 跳虎をやっつけてくれるんです」


「???」


「俺はフェラクリウス。

 この子は李吉。案内人だ。

 君は?」


「私は…」


名を聞かれ、女性は言いづらそうに少し口ごもったが、ふとこみ上げる何かを堪えるようにぐっと胸元に拳を当てると前を向いてはっきりとした口調で名乗った。


「私は白姫ハクキ


彼女は長年、この名にコンプレックスを感じていた。


言い切った後に、少し頬を赤らめ、二人の顔をちらりと見る。


「いい名だ」


「そっすねえ。

 顔もきれいですけど、

 名前もきれいなんですねえ、マジで」


フェラクリウスも李吉も文字が読めないため、白姫ハクキの表記を想像する事が出来なかった。


二人の反応に、少し安心した白姫ハクキの表情が緩んだ。


「歯ぐきみたいでいい名前です!」


李吉の悪気無い余計な一言で、白姫ハクキは少し心を閉ざした。


「いやあ、でもよかったですねえ。

 女の人は無事だったし、偶然村にもたどり着けましたし。

 ここで跳虎の情報を聞いて行きましょう」


そう言って村に入ろうとする李吉の道をふさぐように女性が立ちふさがる。


「村には入らないで」


告げられた言葉の意味を、李吉は理解出来ず問い掛ける。


「へえ?なんでです?」


「誰もいないから」


彼女の目はこちらを捉えていない。ただ虚ろな瞳で遠い空を睨んでいた。


それはフェラクリウスや李吉への軽蔑の眼差しなどではなく、必死で感情を押し殺しているが故であった。


「あ、もう避難しちゃいました?

 大丈夫ですよ、僕たち盗人じゃないから、

 村のものに手は付けねえです。

 代わりにちょっと休ませてもらうだけでも…」


「きっちゃん、もういい」


「?」


フェラクリウスが李吉を制止し、彼女の前に立った。


「よければ手伝おう」


まだ子供の李吉と違い、フェラクリウスは全てを理解していた。


この先に何があるのかも、彼女がこれから何をするのかも。


「いらない。

 親しい人の無残な姿、他人に見られたくない。

 それも、股間に変な鞄被せた異国のおじさんにはね」


なじられても変わらず、フェラクリウスはじっと彼女を見つめる。


表情は真剣だが、優しい目をしていた。


もう一度申し出る。


「…手伝おう」


女性は思わず顔をそらし、微かに肩を震わせた。




村は凄惨な有様であった。


破壊された家屋。逃げ出そうとしたであろう、混乱の跡。抵抗したであろう、戦いの痕跡。


打ち捨てられた松明、へし折られた槍。そして、ところどころに生々しく飛び散った血痕。


襲われたのは夜か。


フェラクリウスは李吉を比較的破損の少ない家の中で休ませ、白姫ハクキと共に村を回った。


「…生き残りは?」


「さあ?

 私が昨日着いた時には、もう誰も。

 全員の遺体を確認したわけじゃないけど、

 生存者がいるかは知らない。

 虎の胃袋の中かもしれないしね」


獣に分別などあるはずもなく、女子供も容赦なく殺されていた。


損壊がひどく判別できない遺体もあり、見つける度に白姫ハクキの頬を涙が濡らした。


それでも彼女は気丈に、遺体を探すのに一度も足を留めなかった。

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