第89話 秘密のおまめ


「遅くなりました!」


勢いよく食堂へと踊り込んできた李吉。


この時をフェラクリウスは待ちかねていた。


「いやあ、自分の分のパンティーを選んでいたら

 時間がかかっちゃいました。

 フェラクリウスのはすぐに決まったんですけどね。

 やっぱ“いいの”って、難しいですよね。

 パンティー屋のおやじがすげえ喋りかけてくるもんだから

 僕もついつい長話ながばなししちゃいました。

 でも、色々聞けて良かったですよ!

 おやじの性癖とか」


ほくほく顔で話す李吉の表情は生き生きとしていた。


まったく、パンティーって奴は。


大人も子供も“こんな”にしちまうんだから、罪な下着である。


ちなみに李吉はすでにパンティーを巻いていた。


しかも頭に。


頭を怪我しているわけではないのに、嬉々として巻いていた。


だが、フェラクリウスの理論ではこれはこれで“アリ”である。


何故なら、パンティーは身体を保護する役割にも適しているからである。


しかも李吉の選んだパンティーは股上の深いベージュのたっぷりパンティー。


ぴっちりしてないゆったり型。


頭巾として見ようと思えば見えなくもない。


パンティーだとバレたとしても、まだ子供なんだから許されるレベルである。


フェラクリウスではこうはいかない。


彼が黒レースのビキニパンティーを被っていたらまぁアウトである。


アンの国の価値観であっても、男なんだからしょうがない、とはならないだろう。


自分のパンティーについて夢中で語る李吉に、パンティーの良さが伝わりご満悦なフェラクリウス。


だがそれはそれとして。


「きっちゃん…それで…

 “俺のパンティー”は?」


必死に平静を装いながら、フェラクリウスが尋ねる。


もう、ワクワクが止まらなかった。


「ああ、フェラクリウスの。

 もちろん買ってきましたよ。

 パンティー、見ます?」


李吉はフェラクリウスのために買って来たパンティーには全然興味がなさそうだった。


子供ってそういうものである。


「さあ、どうぞ」


!!


李吉が取りだしたパンティー。


それは、まさかの。


女児用パンティーであった。


淡いピンクの、股上が深く、たっぷりとした綿100パーセントの。


臍下せいかにリボンのついた、お尻にパンダの描かれたエロスのかけらもない子供向けパンティー。


「若い、子供が好みそうなパンティーです。

 おやじが、絶対これがいいって」


…若いッ!!


若すぎた。


フェラクリウスには“これ”は無い。


なんというか、ちょっと想定外であった。


こればかりはニュアンスだけでちゃんと伝えなかったフェラクリウスが悪いのだ。


「あれ?違いました?

 変えてきましょうか?パンティー」


李吉は「まぁ別にどっちでもいいけど」といった態度で問いかける。


しかし。


子供にお使いを頼んだ大人が自分の好みに合わないからって「変えて来い」というのも横暴である。


それに、もしかしたら、子供用だからこそより医療に適しているという考え方も出来る。


「…いや、きっちゃん。

 ありがとう、これでいい」


フェラクリウスの対応はある意味では大人として正しい。


だが、これはいけない。


世の中には全ての状況において“適切な判断”というものがある。


二人は気付いていないが、フェラクリウスはかつてない危機に晒されていた。


この世界であろうと、現実社会であろうと。


人前で女性用ショーツを腕に巻いていても許される。


だが、女児用ショーツを腕に巻いたおじさんは許されない…ッ!!


そんな姿を他人に見られれば一発アウト。


彼のあらゆる功績も、名誉も全て吹っ飛ばす衝撃インパクトがある。


それも衆目の集まるこの食堂で。


下の野槌のづちをいきり立たせた状態で。


幼児用パンティーなんざ巻き付けた日には。


終わる。壊れる。


ババアのスキャンティーの方が断然マシである。


ミスジャッジ…!!


だが、悲しい事に二人は気付かない。


この二人は、一般社会の倫理を知らない。


もしここにカートがいれば必死で止めてくれただろう。


説得してくれただろう。


だが運悪くここにはいない。


この場に悪意はないが、巡り合わせが悪すぎた。


「試しに巻いてみたらどうです?」


「そうだな…」


食堂中の視線が集まる中。


フェラクリウスが右上腕にパンティーをあてがう。



巻くな!フェラクリウス!!



……。



「これじゃ届かねえ」


間一髪。


パンティーのウエストサイズが足りなくて、丸太のように鍛え上げられたフェラクリウスの腕に上手く巻き付ける事が出来なかった。


なんという事だ。


彼は自らが鍛え抜いてきた肉体によってここでも窮地を脱する事が出来たのだ。


築き上げてきたものは無駄にはならない。


だが、彼はもう少し社会常識を学んだ方がいい。


この状況に安心したのは読者様だけではない。


食堂中の人々がほっと胸を撫で下ろした。


「そうだ、パンティー屋のおやじが、

 こんなのサービスしてくれました!」


李吉がどこからか取り出した楕円形の粒。


それは塩茹でされたソラマメであった。


何故、パンティー屋のおやじがこんなものを?


フェラクリウスの疑問に李吉が答える。


「知らないんですか?

 フェラクリウス。

 パンティーといったら豆なんです。

 女性はパンティーの中に

 豆を隠してるんですって。

 まぁ、僕も知らなかったんですけど。

 下着屋のおやじに聞いたんで

 間違いないですよ!」


そうだったのか…。


女体ってものを知らないフェラクリウスは、四十手前にして初めての知識に大変なショックを受けた。


「…知らなかった。

 俺は女性がパンティーを履いているところを

 見た事が無いんだ…」


「へえー、フェラクリウスって

 童貞なんですか!なるほどなー。

 じゃあ、フェラクリウス君って感じっすね!」


煽っているようにも聞こえるが、彼に悪気は無い。


現実、李吉自身も童貞なんだから悪意などあろうはずがない。


フレンドリーだから、無垢だから。そう言ってしまうのだ。


フェラクリウスもそれが分かっているから、過剰に反応して腹を立てたり傷ついたりすることはなかった。


「女ってすごいんですね。

 きっとお弁当なんでしょうね。

 頭いいなぁー。

 まぁ、食べたらいいんじゃないですか?

 僕も早速下着にしまいました。

 はい、半分あげます」


李吉が自分の下着から取り出した巾着袋から、手の平一杯分の豆をフェラクリウスに渡す。


食べ物を粗末にするつもりはないが、今は食べる気がしなかった。

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