第87話 あなたに合う靴を


西城サイギを出て二日。


長かったような、短かったような。


いや、短かったが濃かった。


その濃い部分が死ぬほどしんどかった。それでも。


とうとうフェラクリウスは湖紗ゴシャの街へと辿り着いた。


「着きました!フェラクリウス!

 どうですか、湖紗ゴシャは、いいところですか?」


「多分な。まぁ、着いたばかりでわからんが」


馬車はまだ城門もくぐっていない。李吉は相変わらず気が早い。


城門をくぐり、外城へ。


市街は人々で賑わっている。


辛い旅路だったにもかかわらず、今日も“タッチャマン”は絶好調だ。


アンの女性は結って後ろにまとめてはいるものの皆黒髪で、それは彼の好みにストライクであった。


フェラクリウスは“我が子”にそっとペニケを被せた。これぞ紳士の嗜みである。


これから西城サイギを治める太守の元へ行き、跳虎討伐の打ち合わせをする。


だがその前に食堂を見つけ、一旦食事を摂る事にした。


男二人で肉を食う。豚、牛、羊。エネルギーを掻き込む。


鸞龍ランリュウから旅費としてアンの通貨を預かっている。


とにかく、移動中に失った体力を補給しなければ。


満腹になったところで、茶を一杯。


一息ついたところでフェラクリウスがずっと興味を抱いていた事を李吉に聞く。


「ところできっちゃん。

 アンの国にもパンティーはあるのか?」


「あははっ、やだなあフェラクリウス。

 あるに決まってるじゃないですか!

 なかったら女の人は、裸になるとき何を脱ぐというのです?」


何を履くのかではなく何を脱ぐのか問われるとは。


これは童貞のフェラクリウスには難問だ。


ちなみに李吉の用意した答えは、代わりに脱ぐものなど無いのだから当然パンティーを履いている、だ。


「興味があるな…。この国のパンティーも」


いや、別に俺は変な目的があってパンティーを探しているわけじゃあないぜ。と、即座にフェラクリウスが弁解する。


そこから長々とまた、フェラクリウスのパンティー講座が始まった。


パンティーがいかに優れた布か。止血に適しているか。ブラは、骨折にも処置できる。


そんな利点を延々と語り続けた。


だが、純真無垢な瞳でフェラクリウスを見つめる李吉の耳には全く届いていないようだった。


「いいですよ。僕、買ってきましょうか。

 お金ならたくさん預かってますから!

 いくらでも買えますよ。

 五枚でも十枚でも…。

 二十いく?二十いっちゃいますか!?」


「きっちゃん。

 待て。落ち着くんだ」


確かに、パンティーなんていくらあってもいい。


あればあるほど嬉しい。囲まれて眠りたい。


そしてそれを実行するだけの資金もある。


だがここにきて、フェラクリウスは冷静だった。地に足がついていた。


「…ありがたみがない」


どんなに大事なパンティーも、1/20になっては希少性が薄れる。


パンティーを想う気持ちも1/20になってしまう恐れがある。


雑に買っては意味がない。


パンティーひとつひとつに想いを込めなければ。


「一本だ。まずは一本いってみよう」


「はあ、一本でいいんですか。

 変な人だなあ、フェラクリウスは。

 でも、わかりました!

 これっていう一本を買ってきますわ!!」


全然理解してくれてはいないが、李吉はフェラクリウスの言う通りにしてくれるようだ。


まだ若いのに優秀な少年である。将来も有望だ。


じゃあさっそく…、と立ち上がる李吉に、フェラクリウスは今一度待ったを掛けた。


「…ちなみに、どんなパンティーを買ってくるつもりだ?」


一応これは重要だ。


「買ってからのお楽しみに」という考え方も出来るが、彼らは出会ってまだ二日。


李吉がフェラクリウスの趣味を理解しているかどうかは、些か不安が残る。


だから、信用していないわけではないが念のため。


念のため李吉の見立てを聞いておくことにした。


「そりゃもう、ベージュですよ!

 ベージュで股上が深くてたっぷりとしたやつです!

 なんと言ってもババアが履くようなパンティーが

 一番エロいですからね!」


李吉は笑顔で、豪快に、高らかに宣言した。


「それじゃあ行ってきます!」


「待て!!」


食堂中に響く声で、三度みたびフェラクリウスが待ったをかける。


というか、さっきからこの二人のやりとりは声がでかすぎて食堂中に響き続けているのだが。


「きっちゃん。お前さん、足のサイズはいくつだ?」


「サイズ…?測った事ねえです。

 まぁ、見ての通りって感じじゃねえですか?」


突然の質問に何の事かときょとんとする李吉。


「俺の足を見ろ。

 きっちゃんの足とはこんなにサイズが違う。

 つまり、わかるな?」


「わかんねえです。

 どうしちまったんですかフェラクリウスは」


「きっちゃんが自分に合う靴を買ってきても、

 俺には履けないという事だ!!」


「!!」


李吉は目からうろこが落ちたような表情をして見せたが、実際には何も伝わっていない。


「でも、フェラクリウス!

 僕が買うのはパンティーです!!」


「パンティーであったとしても!!」


食堂中の視線が二人に注目しているが、一切気にかける事もなく講義は続く。


「きっちゃん。お前さんが求めている…

 ベージュのたっぷりパンティーは俺には合わない。

 きっちゃんは俺に合うような…

 俺の好みに合わせたパンティーを探してきてくれ!」


「フェラクリウスの好み…?」


首をかしげる李吉に、フェラクリウスは正直な自分の要望を伝える。


「ああ、そうだな…。

 なるべく若い子が好みそうな奴がいい。

 今風な…それでいて清楚系の娘が履いてたら

 『おっ?』って思うような感じの奴だ」


伝わらない…!


そのニュアンスでは絶対に、李吉には伝わらない。


だが仕方がない。フェラクリウスの心からの願望なのだから。


これもまだ子供の李吉に対して真っ直ぐに、大人の目線で対等にぶつかっていった結果なのだ。


「へえー、ババアのパンティーで興奮しないなんて

 フェラクリウスは変わってるんすねえ。

 フェチなんすかねえ?

 まあ、そういう人もいるんでしょうねえ。

 若けえのが履くパンティー…う~ん、って感じですけどねえ。

 わかりました!フェラクリウスの要望通りのパンティーを買ってきます!

 あ、僕の分も一枚いいですか?僕も、パンティー巻きたいです!!」


やはり伝わっていなかった。


彼の環境ではババアのパンティーが大人気なのだろうか。


人の趣味嗜好はそれぞれなので、フェラクリウスはそれについてどうこう言う気は無い。


李吉は威勢よく食堂を出て行った。


ふうと息を吐くフェラクリウス。食堂中から向けられる視線にも気付かず、茶を一杯すする。




お読み頂いていた方は思っただろう。


そんなに細かい注文するくらいなら自分で買いに行けよ、と。


だが、違うのだ。


フェラクリウスだって普段であれば、パンティーは自分の目で見て確認して購入したい。


しかし、時には。


時には他人が選んだパンティーを巻いてみたいと思う事もある。


「だったらババアのたっぷりスキャンティーを買ってきても文句を言うな!!」。


そう反論される方もいるだろうが、その考え方には警鐘を鳴らしたい。


物事は必ずしも10:0で考えるべきでは無い。


ある程度の範囲を絞るのは注文をつける側からの最低限のエチケット。


サンダルと安全靴は同じ用途として作られていない。


サニタリーショーツとオープンクロッチの紐ビキニは同じ用途として作られていない。


パンティー適材適所。


パンティー適材適所なのだ。


そのうえで、開拓…!!


他人の趣味によって自分が気付かなかった新しい趣味に目覚める事もある。


これは現代社会においても言える事である。


皆さまもたまには他人に勧められたパンティーを購入してみては如何だろうか。


思わぬ発見や成長があるかもしれない。


合わなくてもいいのだ。失敗したっていいのだ。


それによって男には、味わいや深みってもんが出てくるものである。

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