英雄の虎退治
第84話 しょっぱいおじさん
「では、行ってくる」
早朝。
用意された馬車に乗り込み、フェラクリウスが二人に別れを告げる。
見送るのはカートと
「じゃあな、フェラクリウス。無理はするなよ。
一週間後、無事で戻ってきてくれよな」
「すまないが頼んだよ。
気を付けて」
それぞれから言葉をかけられ、フェラクリウスは無言で頷く。
案内人が馬を走らせ、馬車が城門を出ていった。
カートはここに残る決断をした。
「魔法を学んでいかないか?」
昨日、カートは
魅力的な誘いだった。
魔法を身に着ければダンテ国王やフェラクリウスと同じ事が出来るようになるかもしれない。
それに、魔法を覚えれば祖国に帰ったとき仲間たちに伝えることが出来る。
だが、この「おいしい話」にすぐさま飛びつくには気が引けた。
自分は本来軍人であり、衛兵団の将校である。
それを無理言ってフェラクリウスに同行させてもらっている立場なのだ。
彼の側であれば今より強くなれると、ダンテ国王が認めてくれたから許されたのだと、カートは考えている。
目標は今より強くなる事。
だが、その手本となるべき人間と離れる事が許されるのか。
答えに詰まるカートの考えを汲み取ってか、
「わかっている。
君がフェラクリウスの旅に同行している
目的も理解している。
だから長時間の拘束はしない。
せめて“魔力”を操作する感覚だけ
身に着けていってもらえればと思う」
「“魔力”を操作…?」
「その感覚を掴むことでこの先、
君の成長速度は大きく変わってくる。
フェラクリウスが跳虎を討伐して
戻るまでの約一週間。
その期間だけここで修行していかないか」
たった一週間。期間が短いのは助かる。が、今度は別の問題が出てくる。
「一週間で身に付くものなのか?」
「素質があれば」
自分にその素質があるのか。それこそ「やってみなければわからない」という奴だろう。
「わかった、試してみよう」
カートは決断した。その答えに
…相棒に相談せずに勝手に決めてしまってよかったのだろうか。
カートがフェラクリウスの方へと振り返る。
「フェラクリウス、悪いんだが…」
「ああ、やるべきだ。跳虎の事は任せろ」
即答。
「よく選択した」
フェラクリウスに褒められ、カートはこそばゆい感覚に顔をそらし舌打ちした。
「…ガキじゃねえんだぜ。
だが勝手に決めて悪かったな」
こうしてカートはここ
これからフェラクリウスが戻ってくるまでの間、
一週間。
どうせ持ち帰るなら人から聞いただけの情報より自分で体験したモノの方がいい。
これがまたよく喋る。
「いやあ、フェラクリウス様のような方をご案内させて頂けるなんてもう…。
あれですね。すごくよかったです。いいと思いました」
「様付けはよせ。
ケツのアナルがむず痒くなっちまう」
フェラクリウスがやれやれと頭を掻きむしる。
変に持ち上げられるのが苦手なのだ。
「これは失礼しました、フェラクリウスを案内できて!
本当によかったと思いました!!
僕のことは、きっちゃんと呼んでください!」
様付けから呼び捨てへの移行が早い。
とにかく口数は多いのだが、中身が無い。そして語彙力が乏しい。
あまり教養が無いのだろう。だが、子供ならではの愛嬌というか可愛げがあるため不快感は無い。
それに教養がないのはフェラクリウスも同じ。かえって親近感すら覚える。
「お前さん、歳はいくつだ?」
「へい、十二歳だと思います!
十二歳か、十四歳だったと思います!
たしかそのように、アレが言っていました!」
若いな。フェラクリウスが感心する。
「その歳で
大したものだ」
「親いないんすよ。死んだらしいです、戦争で。
で、乞食だったんですけど、
僕、親子二代で
こんな乞食の僕にも仕事が頂けて、
ほんと
また
周囲の人間がここまで持ち上げているのを聞くと、流石に胡散臭く感じる。
一方的な評判ばかり聞くと、それが良きにせよ悪きにせよ普通はゲンナリするものだ。
だがフェラクリウスは
王位継承権の話を知られたにもかかわらずカートを置いてきたのはそのためだ。
「フェラクリウス、乗り物酔いは大丈夫ですか!?」
李吉は会話に間が空くとすぐさま次の話題を振ってくる。
「そこに茶色い壺が積んであるでしょう!?
中を見てみてください!」
大丈夫だ、と答える暇を与えず李吉がまくしたてる。
壺の蓋を開けると鼻を刺すような強烈な匂いがする。そして、何やら赤い液体に漬け込まれた大量の“しわ玉”が。
人間の睾丸か。
フェラクリウスは瞬時にそう判断し、自らの股間に手をやった。
股間に脅威が迫った時、男は即座に股間を守る。
これは学習や理論を超越した本能である。
「あはは、タマ金じゃありませんよ。
内側にはないのかな。それは梅干しです」
おじさんのしょっぱい反応を見て、李吉が笑った。
「梅の実をね、塩で漬け込んでから干すんですよ。
それから、漬け込んだときに出来た液の中に戻して
保存しておくんです」
流暢に作り方を説明する様子から、この子が馬鹿ではない事がわかる。
“語彙”に興味が無いだけで、ちゃんと必要な事は学べているのだ。
「乗り物酔いには梅干しが効くんですよ!
ぜひ、召し上がってください!
あ、すげーしょっぺえので、お酒と一緒にどうぞ」
もてなしにも気が回る。なるほど、若いのに優秀な子だ。
フェラクリウスが梅干しを一つ手に取り口に運ぶ。
…うむ。
超しょっぱい。口の中がすげーやばい。つばがめっちゃでる。
はじめての経験におじさんは目を細め、唇をすぼませた。
口の中で唾液が溢れ、指先がもがいた。
その反応にすぐさま李吉が馬をとめる。
「だいじょぶです!毒じゃねえんで、
そのままいっちゃってオッケーです!
お酒で流しますか?
あ、梅の実なんで噛むとき気を付けて。
種は出して」
間に合わなかった。バリバリと種ごとかみ砕き、
「お気に召しませんでしたか?
でも、体にはいいんすよ」
李吉が申し訳なさそうに笑う。
「…これは、クセになるな」
頭を下げる少年に、フェラクリウスはにやりとほくそ笑んで返した。
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