第74話 金瞳の商人


神壁しんぺきを背負い、遥か北に山脈、南に樹海。


あとは見渡す限りの大平原。


街道の向かう先には四角い城壁に囲まれた街がいくつか。


他にぽつり、ぽつりと小さく人々の暮らす集落、広大な畑やどこまでも続く河川が。


さらに東、地平の果ては見えなかった。


北の山脈から流れて行く河は地平線に向かって伸びていく。


関を抜けた瞬間、その土地の広大さを痛感させられた。


カートもフェラクリウス同様に、口を開けたまま硬直している。


「驚いたろ?

 これがアンの国さ。

 平原をずーっと東に行った先に王都がある。

 見えないけどね」


馬を進めながら、ヘルスメンが遥か遠方を指す。


「王都に用は無いけどね。

 見に行くのは自由だけど、

 まずはこっちの用事が済んでから」


そう言って自分の左肘をペチンと叩いた。


「…さっきのキンドー野郎ってのは

 どういう意味だ?」


感動から現実に返ってきたフェラクリウスは、ふと先程疑問に思った事を口にした。


「ああ、これの事ね」


ヘルスメンが赤い麦藁帽子ストローハットのツバを押し上げて自らの目を見せる。


そこには見た事の無い美しい黄金色こがねいろの瞳が二つ輝いていた。


いつも帽子を目深にかぶっているため、彼と目が合うのは初めてである。


「金色の瞳で、金瞳きんどう

 アンの国じゃこの目は不吉とされてるのよ。

 だから、この目をした人間は差別の対象にされがちなのさ」


いつもと変わらぬ様子で明るく話すヘルスメン。


しかしその軽い調子に含まれる言葉には重みがあった。


「そのせいでガキの頃はなかなか

 苦労させてもらったよォ」


「お前、アンの生まれなのか?」


「意外かい?」


言われてみれば、確かに今さら驚くような事ではない。


アンという土地に詳しいことやコネクションが強い理由を全て「商人だから」と語っていたが、よくよく考えれば「故郷だから」と言われた方がしっくりくる。


それでもカートが自国民だと勘違いしていたのは、彼の見た目はカートキリアの人間と殆ど変わらず完全に溶け込んでいたからである。


「こんだけ広い国だからねぇ。

 民族も多種多様なのよ。

 内側カートキリアの人間とは(アンの)北方ほっぽうの人間が近いかな。

 背が高くて筋肉質なのはね」


「お前の家系ルーツも北方か?」


「知らないのよ。

 被差別民だし、親もいないからね」


幼少期から差別を受けて育ち、親もいない。


自分からは多くを語らないが、ヘルスメンの生い立ちは国王の甥っ子として生まれながらに恵まれた生活をしてきたカートには想像を絶する。


それでもカートは精一杯彼の人生を推察しおもんぱかった。


「…辛かったか?」


「若い頃の苦労は買ってでもしろって言うだろ?

 俺ぁ文無しだったからね。

 買う金が浮いてラッキーだったぜ」


ヘルスメンはパイプの煙を吐き出すとにやりと不敵に笑った。


タフな男だ。フェラクリウスも釣られて笑みを返した。


「それでも今の生活があるのは

 ある御仁のおかげさ。

 実は、その人がアンタらに是非会いたいと

 ご所望なのさ」


「それが本当の目的か」


これは流石に想定内である。


そうでもなければここまでの待遇を得られるはずがないのだから。


「それ目的の一つ。

 旦那の腕も治るし、

 おにーさんも悪いようにはならない。

 まぁ信じてよ。

 俺よりよっぽど信頼出来る人さ」


そいつに会うためにはまずヘルスメンを信じていなければならないのだが、もはや二人とも彼を疑う気持ちは無かった。


この一週間共に生活してきて、この軽薄な態度の男を信用できると判断出来たからだ。




馬車は城門をくぐり、街へと入って行く。


区画が直線的に区切られており、通りは真っ直ぐに見通しが良くなっている。


民家も平屋ばかりで高さも殆ど統一されているようだった。


街の人々の着る服も、作り自体は特別内側と変わった印象は受けないが、素朴なカートキリアよりもカラフルな印象を受けた。


また、男性も女性もまげを結っているためボサボサ頭のフェラクリウスが対比によってだらしなく見える。


赤い男の引く馬車に異国民が乗っている事は珍しいようで、衆目に晒されカートは若干居心地悪く感じた。


フェラクリウスの下はもちろん“タッチャマン”なのだが、馬車に乗っているため上手いこと隠れている。


それに、いざというときは“ペニケペニケース”もある。下半身に抜かりなし。


馬車は城門へと近づいて行った。


城壁に囲まれた街の中に更に城壁があり、門前でもう一度検閲を受ける。


ここまでが「外城」と言われる一般の民衆が暮らす市街。


ここから先が「内城」となり、宮殿や“お偉いさん”の住居が入っている。


この造りは同じ城郭都市である王都ネーブルのオンファロス城も同様である。


宮殿へと伸びる通りを真っ直ぐ…は、向かわずに途中横道に入り進んでいく。


馬車は豪華な屋敷の前に留まった。


「さ、降りて。

 VIPのご登場だ」


二人はヘルスメンに促されるまま馬車から降りると、横一列に並んで“スペシャルな御仁”の登場を待った。

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