第73話 国境を越えて
馬車一台が通る分には広い道幅ではあるのだが、なるべく中央に近い場所を通る。
そう多くないとは言うが、落石の危険性が無視できないのだ。
時折わきに直径60センチ程の岩が転がっているのが見える。
不運だろうがたまたまだろうが当たれば即死である。
最初は馬車に揺られてぐったりと寝そべっていたフェラクリウスだったが、半日程で揺れにも慣れてきたようだ。
元々優れた三半規管を持つ男である。馬車という乗り物を理解すれば少なくとも“乗り物酔い”によって参ることは無いだろう。
数十キロに一か所ほどの間隔で水が流れ落ちている地点があり、この沢で給水する。
「休憩無しじゃお馬ちゃんが
可哀相だもんね」
ヘルスメンが馬に愛情を注ぐ様子を見る度、彼が愛馬を売り払った事実に胸が痛む。
彼はパイプをふかしては商売で回った各地の事を語り、話題が途切れると鼻歌を口ずさんで終始陽気に振舞った。
常に自然体で、お気楽に生きる。これがヘルスメンという人間なのだろう。
この一週間は単調な日々であった。
朝から馬車を進め、途中途中休憩を挟む。
馬を休ませている間に適度に運動し、体がなまらないよう気を配る。
暗くなったら夕食を済ませてとっとと寝る。
寝る前に骨折の経過を見るのだが、素人に出来るのは骨がズレていないかだけだった。
どうせ治るから大丈夫!と、ヘルスメンが太鼓判を押すのだが、“医療魔法”の老婆の件もありやや不安に感じる。
また、日に三度フェラクリウスは“処理”を必要とするのだが、そこはもう敢えて語るべき事もないだろう。
カートも男の嗜みに野暮は言わない。視界に映らないようにするなら勝手にしてくれという対応だ。
道中は一日に数組、片手で数えられる程度の集団としかすれ違わない。
それも皆、任務を請け負った商人一行だった。
関所の通行には
それでも一週間あれば、十数組の商人とすれ違う計算になる。
「地方の役人なんてたくさんいるからねぇ。
内側にも、その先にも、
いくらでもあるんだもん」
ヘルスメンの旅先での話はやはり胡散臭いものばかりで眉にツバをつけて聞く必要があったが、それでも興味を引く話題ばかりだった。
いつまでも続くかと思われた退屈な時間は後に何も残さないため、終わってみればあっという間だったように感じる。
七日目の朝、ようやく関所が見えてきた。
兵士が二名、詰め所から出てきてヘルスメンと手続きを始める。
カートも
二人とも身長は170センチ足らずといったところか。
カートキリアの衛兵たちより小柄で手足が短く、重心の低いどっしりとした体格に見えた。
装備もまた見慣れないものだ。
カートキリアの兵士が鉄の一枚板を加工した鎧を身に着けているのに対し、こちらはいわゆる“スケイルアーマー”のようだった。
小さな金属片を鱗のように重ね合わせて作られている。
これは“
ヘルスメンとやり取りをする彼らの様子は、あまり好意的には見えなかった。
「ふん、戻って来やがったか。
胡散臭せぇ格好しやがって」
「そこは見逃してよ。
トレードマークなんでね」
「後ろの連中は?」
兵士の一人がこちらに近づいて来る。
フェラクリウスとカートに馬車から降りるよう指示をした。
いざ降りて前に立つと、兵士は身長2メートルを越すフェラクリウスのサイズ感に若干怖気づいたように見える。
「これに書いてあるよン」
ヘルスメンから書簡を手渡された兵士はそれを読むとぎょっとして顔色を変えた。
「おい!そいつらはいい!」
すぐにもう一人の兵士を呼び止め、お前も読め、と書簡を回す。
カートがこっそり盗み見ようとしたが、どうやら
手渡された兵士は一通り目を通すと先程と同じ反応をして恨めしそうにこちらを睨んできた。
「通れ」
身分を聞かれることも荷物を
それが“スペシャルな御仁”の一筆によるものだという事は明らかである。
「ふん、
「まいど」
兵士の捨て台詞にヘルスメンはアクメ顔で答えてゲートを通過していく。
関所を通り抜けたそこには一面緑の大平原が広がっていた。
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