第72話 山断ちの退路


国境くにざかいの関所へ到達したフェラクリウスは、思わず感嘆の声をあげた。


成る程、面白い。


目の前には巨大な岩山。


立ちふさがる壁にストンと一か所切れ目が入っており、そこに関所が建っている。


ゲートの奥には一本の直線道路。


その光景は、葦の海を割ったモーセの画を想像して頂きたい。


道幅は十五メートル程だろうか。


両脇には何千メートルという高さの岩壁。


もしこの山の頂点から見下ろす事が出来れば、下を通る人間など蟻程にも見えないだろう。


道はどこまでも、どこまでも。


霧が覆い隠す先まで続いている。


「東じゃ神壁しんぺきと呼ばれてる。

 地元では信仰の対象で、登山は禁止。

 この道だけが通る事を許されてる」


行く先を眺め続けているフェラクリウスに、ヘルスメンが解説を入れる。


「カートキリアじゃこう伝えられてる。

 かつて天災から民を逃がすために

 天を衝く巨人が斧で山を真っ二つにしたってな」


内側の視点でカートが付け加えた。


「それがこの“山断やまだちの退路たいろ“の由来さ」


まさしくそのような考え方がもっともしっくりくる。


人の力では何千年かけても決して整備する事の出来ない山路。


神が造ったと考えるほかない奇跡であった。


実際のところ、何故こういう地形が成り立ったのかは誰も知らない。


ただただ不思議なものとしてここに在り続けた。


「カート殿、フェラクリウス殿、お気をつけて!!」


衛兵たちの敬礼に見送られ、関所を後にする。


峠は内側と東どちらの領土ともされていない中立地帯である。


仮にどちらかが侵略しようとすると、軍は必ずこの道を通らなくてはならない。


遠方まで見通しのきく通路。


行軍するにはあまりに狭い横幅。


この特殊な地形から、内側からもアンからも互いに攻め入る事が出来ないという。


「ここを通るのも懐かしいなぁ。

 おにーさんは来た事あるかい?」


アトラクションが始まる前のようにわくわくした様子で、ヘルスメンがカートに話しかける。


「国王に連れられて関所の見張り台までは上ったが…

 実際に通るのは初めてだな」


フェラクリウスだけでなく、この地を知っていた二人もある種感慨に浸っているようであった。


だが、どうせすぐ何も感じなくなる。


何しろこの代わり映えの無い景色を一週間も直進し続けるのだ。

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