第69話 思い出の女


近づいて来るひづめと車輪の音。


カートが衛兵団所属の兵士を三名、引き連れて診療所に戻って来た。


近くの村で馬を借り、先に関所まで行って呼んできたのだ。


老婆を拘束し待っていたフェラクリウスの前で、衛兵たちは整列、敬礼した。


「フェラクリウス殿、逆賊から我が国を守って頂き、心より感謝いたします!!」


波紋党の一件を聞いている彼らにとってフェラクリウスは英雄である。


その上で更に活躍を重ねた彼へと最大限の敬意を示した。


フェラクリウスは照れくさそうにため息をつき、衛兵の肩をポンと叩いた。


「ここは任せたぜ」


それだけ言うと老婆の身柄を引き渡し、カートを呼んでその場を離れた。




恐ろしい事件だった。


診療所から少し離れた森にはいくつもの焼け焦げた死体が見つかった。


老婆はここで獲物を待ち、彼らから生気を奪って殺害する事を繰り返していたのだ。


カートが衛兵を呼びに行っている間も、老婆は何も語らなかった。


この老人の言う“魔法”が人を攻撃する力を持っている可能性を想定し、カートが衛兵たちに警戒を払うよう伝える。


フェラクリウスは彼女が抵抗しないよう両手首を繋ぎ、腕を胴体に縛り付け、頭から黒いパンティーを被せた。


視覚により状況を把握させないためである。


全くもってこの男、パンティーの応用力にかけては右に出る者はいない程である。


誰だって老人にこんな仕打ちはしたくないはずであるが、相手が何人もの命を奪った大罪人である以上、これくらいの拘束は不可欠なのだ。


「じゃあ、道中気をつけて。

 頼んだぜ」


将校であるカートの指示に従い、衛兵たちが老婆を連行していく。


彼女は王都ネーブルで裁かれる事になる。


ここで何が行われ、どれだけの人間が犠牲になったのか。


詳細はこの後、別の人間が捜査にやってくるはずである。


なにぶん人手が不足しているためいっぺんに出来ないのがはがゆいところである。


「とにかく、俺たちに出来る事は終わったかな」


現場に残ったフェラクリウスとカートが一息つく。


捜査が終わるまで待っていては何日かかるかわからないため、二人はまた東へ向かう事にした。


「しかし、ワケのわからん事だらけだったぜ。

 まずなんでアンタの“タッチャマン”は反応しなかったんだ?」


「さあな。俺だって自分でなんでも

 把握してるわけじゃねえからな」


そりゃあそうなんだけど。


「強いて言うなら、

 あそこは診療所だからな。

 “こいつ”が場をわきまえたんじゃないかと

 俺は踏んでいる」


フェラクリウスはそう言って股間を撫でまわした。彼の悪い癖だ。


「…本当かぁ?ばあさん相手に

 反応しなかっただけじゃないか?」


何故、老婆に対してタッチャマンが不発だったのか。


答えが出るにはもう少し医学が発展していくのを待つほか無いのかもしれない。


「で、魔法について何かわかったことはあったか?」


「…いや。老婆が何をしようとしていたのかもわからねえ。

 俺は全裸でベッドに縛り付けられていただけだからな」


そう考えるとちょっと気の毒な話である。


むしろ、その状況からよくあの太い鎖を引きちぎったものである。


「だがあの老婆に生気を抜かれたとき、

 一つ思い出した事がある」


フェラクリウスが考え込むようなそぶりを見せる。


何か、魔法に関する手がかりがあったのだろうか。


「俺はかつて“魔法”を操る女性と旅した事がある」


「はあ!?」


まさかの告白だった。


診療所に来るまでは“魔法”という言葉すら知らないような反応だったというのに。


それはフェラクリウスがカートキリアに入る前。


北の国を旅していた頃に、偶然目的地まで同行した女性だった。


彼女は道具を使わず火を起こしたり、手で押さえるだけで出血を止めたり出来た。


「多くを語らなかったが、恐らく“魔法”だかなんだか

 説明していたような気がする。

 俺も世間知らずだったからな、

 村の外じゃそういうものが当たり前なのかと思い

 別段珍しいという意識も無かったんだ」


確かに、彼の来歴を考えれば仕方ない話かもしれない。


そんなことは無いとは思うのだが、カートは念のため疑問を口にした。


「で、その女性は若かったのか?

 あんたは“タッチャマン”じゃなかったのか?」


「“タッチャマン”だった」


「だよな」


当たり前だが、どうやら“魔法”と“タッチャマン”の関係は無いらしい。


その女性との思い出を、フェラクリウスはこう語った。


「彼女には“タッチャマン”を、ずいぶん咎められたよ。

 別れ際まで理解はしてもらえなかったが、

 一定の距離を保つという条件で寝食を共にする事は許された。

 うっかり禁止された範囲に入ってしまう度に…。

 …フッ。よくなじられたもんだぜ」


「理解してくれた方だよ、それは」


励ましたつもりだが、どうなのだろう。


カートはフェラクリウスが女性に咎められて気持ちよくなっていた可能性を、内心恐れていた。


「まったく、老婆に出会うまで

 あの女性が“巨乳”って事しか

 記憶になかったとは。

 俺としたことがよ」


「滅茶苦茶アンタらしい理由で安心したけどよ。

 もう少し“魔法”って言葉には反応を見せてほしかったぜ。

 まぁ…昔の話じゃ覚えてねえのもしょうがねえか」


実際にはここ二年以内の話なのだが、それを知らないカートは理解を示した。


「その人は今どこにいるかわからないのか?」


「ああ、巨乳ではあるがな。

 …あとは、巨乳だったってところか。

 ダメだ、巨乳って事しか思い出せねえ」


「下半身を反応させるんじゃねえよ」


うっかりイチモツが盛り上がってしまうフェラクリウスを、カートが諫めた。


「ところで、ヘルスメンには会ったか?」


フェラクリウスが股間を硬化させたまま話題を切り替える。


「いや、見当たらなかったな。

 衛兵団の詰め所に直行したからってのもあるけど。

 一応、周辺見回してはみたんだが、

 あんな赤い男、いれば目につくはずだからな」


全くである。


意識しなくても勝手に目に留まるような格好なのだから。


「関所の側には商人や衛兵たちが利用する宿場町があるから

 そこで時間を潰しているのかもしれないな」


「えっちな街の事か?」


宿場町と聞き、フェラクリウスとその竿が即座に反応を見せた。

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