第68話 恐怖のASMR


一人待合室に残されたカート。


興味のあった医療魔法を見る事が出来ず少々気落ちしていた。


(いつ終わるんだ…?施術にかかる時間の目安を聞いておけばよかったぜ)


せっかちな性分もあり、行儀よく椅子に座って待ち続けるのは苦痛であった。


じっとしていると体を動かしたくなる。


他に誰もいないし、少し外に出て訓練でもしておくかな。


そう思い診療所を出ようとした瞬間。


『見よ!!

 これがわしのじょせいきじゃ!!』


「……え?」


施術室から漏れ聞こえてきた叫び声に、カートは耳を疑った。


なんでそうなる?


なんで老婆の女性器を見る?


脳内が「?」で満たされる。


“医療魔法”って何だ?


『お主のせいき!!

 たっぷりと堪能させてもらうぞ!!』


『うおおおおおおッ!!』


またしても中から聞こえてくる二人の会話。


性器を堪能…。え、おっぱじまってる?


そして老婆がリードしている?


いやいやいやいやキツいな。


ちょっと自分としては、好きじゃないな。これを聞き続けるのは気持ち悪いな。


生理的に苦手な組み合わせが施術室で行われているようで、カートは思わず口を押さえた。


あまりに突然の事に、軽いパニックのような症状が起きる。


どうしよう。聞きたくないし、聞かない方がいいよな。


お互いの為にも、やっぱり診療所から出ておこう。


しかしどうしちまったんだフェラクリウスは。


若いお姉ちゃんがタイプじゃなかったのかよ。


ああー、なんかよくわからんけど、凄い良くない事な気がするぜ。


あんなに童貞の捨て方にこだわってたくせに、こんな結末でいいのかよ。


本当にこれがアンタの理想の卒業なのかよっ!


頭の中がぐちゃぐちゃになる。カートは言い表せない焦燥に駆られた。


『足掻いても無駄じゃ!!

 一滴残らず搾り取ってやろう!!』


『ぬああああああッ!!』


『次はだんせいきの番じゃ!!』


『うおおおおおおおおおおッ!!』


ボロボロの診療所がミシミシときしむ。


待合室に人がいる事をわかっているのだろうか。


夢中になっているためか互いに凄い声量で、白熱しているのがわかる。


…待てよ。


先程から一方的にリードしているのは老婆の方である。


もしかして、フェラクリウスは望まぬ初体験を強要されているのではないか。


ラルシダの街で語っていたフェラクリウスの言葉が思い出される。


『一歩間違うと捨てたくもない場所で

 童貞を捨てる事になるぞ…!』


もしかして、フェラクリウスは一歩…いや、何歩か間違えてしまったのではないか。


『うっかりイチモツを持っていかれないよう

 気を張れよ』


うっかりイチモツを持っていかれてしまったのではないか。


ひょっとしてこの状況、同行者として彼を止めてやった方がいいのだろうか。


しかし…。


今現在施術室で“コト”が行われているとなると、そこに踏み込むには非常に勇気がいる。


それに、正直おじさんと老婆のそういうシーンは見たくない。


“おじさんと老婆の絡み”をどう捉えるかは個人の趣味嗜好の問題なので正解は無い。ただ、カートにとってはこの上なく見たくないものであった。


だが、フェラクリウスの相棒としてこれは確認を取った方がいいだろう。


勘違いであれば自分が恥を被ればいいだけの話。


カートは拳を握りしめ、勇気を振り絞って施術室に踏み込む覚悟を決めた。


ドアノブに手を掛けたその時。


『…馬鹿なッ!!』


老婆の声だ。


…展開が変わった?


『せいきをコントロールしておるのかッ!?』


性器をコントロール…?


自分のを?相手のを?


いや、それくらいフェラクリウスなら出来る…よな。


だがこの言葉の問題は可不可の話ではない。


行為の優位性が…逆転した…?


『うおおおおおおおおおおッ!!』


ガシャアアアアアンッ!!


建物がいっそう激しくきしみ、ガラスが砕け散る音がした。


『ひいいいいいいっ!

 じょせいきが!!

 わしのじょせいきが…ッ!!!』


おいおいおいおい!ちょっと乱暴すぎるんじゃないか?


ただでさえ力も強くあの巨体である。


暴走して歯止めが利かなくなったのではないか。


『次はだんせいきだ!

 食らえ!!』


これはまずい!!


ガシャアアアアアンッ!!


更にもう一度破壊音。


カートは意を決して施術室に飛び込んだ。


「何やってんだおっさん!!」


彼の目に飛び込んできたのは、床にひれ伏す老婆。その前に全裸で仁王立ちするフェラクリウスの姿。


その手に握られるのは、鋼のディルドであった。


踏み込んできたカートに気付き、フェラクリウスは振り返った。


「カートか…。

 もう終わったよ」


「…すっきりしちゃったのか」


またぐらにぶらさがっているもう一つの得物が平常サイズでぶらぶらしている様子から、カートはフェラクリウスが既に“コト”を終えた後なのだと勘違いした。

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