第67話 世紀の対決


「この腕は治してもらえるのか?」


冷えかけた空気に割って入るようにフェラクリウスが問いかける。


「骨折ですか。もちろん治りますよ」


老婆は即答し、わざとらしい程にっこりと笑った。


「“医療魔法”ってのは、

 普通の治療と何が違うんだ?」


「うちでは人間が元々持っている治癒力を

 魔法の力で高めて、短期間で治してしまうのですじゃ。

 内側カートキリアでは珍しいかもしれませんが、

 エリクシルでは一般的な治療法なんですよ」


その魔法というのがいまいちピンとこないんだけど…。


質問を重ねるカートに、老婆は丁寧に答える。


「魔法というのは、西で生まれた学問のようなものですじゃ。

 わしらは内側の民族と違って力が弱いものですから、

 それを補うために編み出した技術ですな。

 早速お見せいたしましょう」


老婆が奥に続く扉を開いてフェラクリウスを招き入れる。


同行しようとカートが腰を上げるものの、老婆はさっとそれを遮った。


「おっと、施術室には患者様しか入れませぬ。 

 お連れ様にはこちらでお待ちいただきます」


「え…、俺も見たいんだけど、ダメ…?」


「申し訳ありませんが、お控えください」


老婆の眼力がんりきに気圧され、カートは待合室に留まらざるを得なかった。


(…まぁ、仕方ないか。

 診療所で先生の指示に従わないわけにはいかないし…)


肩を落としながらも納得するカート。


何の疑いも無く施術室に入るフェラクリウス。


だが二人はまだ気づかなかった。


この老婆は恐るべき野望を抱いた、エリクシルの魔女だという事を…。




施術室の中は六畳ほどで、中央に簡素なベッドが一つ置いてあった。


脇にある机の上には機材らしきオブジェがあるのだが、すっぽり布が被せてあり何に使う道具かまではわからない。


「では、脱いだ服をこちらのカゴに入れて下され」


入るなり、老婆は脱衣を促してきた。


「服を脱ぐのか?」


「ええ、全てお脱ぎください」


折れた左腕を診るのに、全裸になれというのか。


ラルシダの診療所ではこんな事は無かったのだが…。


疑問に思いながらも、“医療魔法”を体験した事が無いフェラクリウスは黙って指示に従う。


おじさんは生まれたままの姿に紫のブラジャー(骨折した左腕を吊っている)という、多分いまこの世界中にただ一人であろう異様な姿になった。


「では、こちらに横になってください」


言われるままにベッドに仰向けに横たわる。


長身のためベッドから足がはみ出しているが、老婆はお構いなしに準備を続けた。


「では、早速始めていきますので」


そう言うと老婆はぶっとい鎖を取り出した。


「…何をするつもりだ?」


「大丈夫ですよ。

 皆さんやられてますので」


慣れた手つきでフェラクリウスをベッドに縛り付けていく。


「鎖で縛る事に何の意味が?」


流石のフェラクリウスも不審に思い、老婆を問いただす。


「魔力の流れがね、

 よくなるんですよお」


大男をベッドにがちがちに縛り付けると、鎖の先を脇にある機材に繋げる。


「…待て、それはいったい何だ?」


「ご心配なく。

 施術の一環ですじゃ」


老婆がにやりと笑う。先程までの作られた朗らかな笑顔では無く、厭らしいねっとりとした笑みである。


「生物は体内に生命のエネルギーを持っておる。

 流派によって呼び方は違うが

 わしらはこれを“生気せいき”と呼んでおった。

 生気は“命”の源であると同時に“力”の源でもある」


突然、老婆は脈絡も無く語り始めた。


それは腕の治療とは関係の無い話だが、何やら核心に迫るものを感じる。


これから何が始まるというのか。


「わしは研究の末、他人の生気を抽出し

 自らのものにする魔法を編み出した…」


老婆は二台並ぶ機材のうち一方にかかった布に手をかけると、一気にそれを引き払った。


「見よ!!

 これがわしの除生気じょせいきじゃ!!」


「こ、これは…!?」


それは見た事も無い異様な道具だった。


五十センチ四方の四角い木箱に大小様々なガラス細工が複雑に組み合わせてあり、フェラクリウスを縛る巨大な鎖と繋がっている。


「一目見てわかったぞ。

 お主の生気が今まで見てきた誰よりも

 逞しく、活力にあふれ、潤沢であることを…!

 その生気を吸収する事でわしは若返り、

 かつての力を取り戻す事が出来る…。

 わしを追放した奴らに復讐する事が出来るのじゃ…!」


老婆が何の話をしているのかはわからない。


過去に何があり、どういういきさつでこの地に辿り着き、これから何をしようとしているのかも。


だが、これだけは確信している。


このままでは命が危うい!!


フェラクリウスが体を動かそうとするも、きつく縛りつけられた鎖が邪魔をする。


そうこうしている間に、拘束する鎖が藤色ふじいろに妖しく輝きだした。


鎖はまるで脈打つようにドクン、ドクンと点滅している。


機材に組み込まれたフラスコの底に白く輝く“もや”が溜まり始めていた。


ただ横になっているだけだというのにフェラクリウスはまるで400メートルを全力で走り切った後のような疲労を感じる。


これが生気を奪われる感覚だというのか。


「どうじゃ?

 鎖を通じて生気が吸い込まれていくのがわかるかの?

 見よ、このフラスコに抽出された活きのいい生気を…。

 お主の生気!!

 たっぷりと堪能させてもらうぞ!!」


「うおおおおおおッ!!」


フェラクリウスが雄たけびを上げて身をよじる。


だが、全身の疲労感のせいか力が入らず鎖はびくともしない。


「足掻いても無駄じゃ!!

 一滴残らず搾り取ってやろう!!」


「ぬああああああッ!!」


ベッドの上で必死にもがくフェラクリウス。しかし思うように動けない。


「ふう、大分溜まって来たの。

 しかしこの生気はまだお主につながったまま…」


老婆は除生気じょせいきに並ぶもう一台の機材にかかった布を取り払った。


「次は“断生気だんせいき”の番じゃ!!」


布の下からはもう一台、除生気じょせいきそっくりの機材が現れた。


「この断生気だんせいきを使い、“もや”を肉体から切り離す事で

 完全に生気を奪う事が出来るのじゃ!」


断生気だんせいき…!!」


大きく息を乱すフェラクリウスを見て勝利を確信していたのか。


たった今、老婆は重大なミスを犯した。


フェラクリウスに生気のがまだ断たれていない事を認識させてしまった。


それこそが、現状を打開するヒントとなったのだ。


あのフラスコの中の生気はまだ自分に繋がっている。


ならば力を発散するのではなく内側に溜め込むイメージであの生気を自分の身体に引き戻す事も出来るのではないか。


「うおおおおおおおおおおッ!!」


更に強烈な雄たけびをあげるフェラクリウス。


精神を集中し、除生気じょせいきから生気を吸い上げていく。


「…馬鹿なッ!!

 生気が逆流していく…。

 生気をコントロールしておるのかッ!?」


老婆の生み出したこの“除生気じょせいき”は、生気の流れが一方通行になるよう設計されている。


だからこんな道理を知らない馬鹿が考えた無茶苦茶な理屈が通るはずがない。


魔法を学んだ事の無いフェラクリウスには。いや、生気をコントロールする鍛錬を積んだ者であっても不可能なはずだった。


しかしこの男には出来てしまうのだ。


そして、この除生気じょせいきも規格外の怪物を想定して作られてはいなかったのだ。


「うおおおおおおおおおおッ!!」


自らの生気を全て取り戻し、渾身の力を込める。


フェラクリウスの筋肉が一回り大きく膨らむと、力任せに鎖を引きちぎった。


鎖に繋がっていた除生気じょせいきが床に転がり、ガラス細工が砕け散る。


「ひいいいいいいっ!

 除生気じょせいきが!!

 わしの除生気じょせいきが…ッ!!!」


老婆の悲痛な叫びが施術室に響いた。


だが同情はしていられない。


自分と同じような被害者を出さないためにも、彼女の恐るべき計画を阻止せねば。


「次は断生気だんせいきだ!

 食らえ!!」


そう叫ぶとフェラクリウスは衣服を脱いだカゴから得物を取り出し、断生気だんせいきを破壊した。

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