第65話 東の国 妟


フェラクリウスとカートの会話に割って入ってきたのは、あの赤い商人。


“風俗大好き”ヘルスメンだった。


荷馬を引いたヘルスメンはにやにやした笑みを浮かべてこちらへ近づいてくる。


「東だと?」


フェラクリウスが聞き返す。


「お二人に最適の旅行プランを

 ご用意してますぜ」


“最適の旅行プラン”。


そうと聞いては黙っていられない。


「東に行けば、ちょいビッチめのお姉ちゃんに

 童貞を奪ってもらえるってのは本当か?」


フェラクリウスは熱のこもった息を鼻から噴出してヘルスメンに詰め寄った。


これこそが彼の旅の目的。


童貞を捨てる。


己の理想に沿った関係性で。


風俗大好きな男が手配する最適な旅行プランなどもう、お姉ちゃんとの出会いしかありえない。


「本当なんだなッ!?」


もう一度念を押す。


「そこは旦那の努力でなんとかしてちょうだいよ」


正論でぶん殴られ、フェラクリウスは黙ってしまった。


「紹介したい人がいるの。

 その人にかかれば折れた左腕、

 あっという間に治っちゃうよ。

 内側にはない、特別な医術でね」


なんだか胡散臭い話になってきた。


ヘルスメンはなおも身振り手振りを交えプレゼンを続けるが、それもまた胡散臭さに拍車をかける。


「“最適なプラン”ってのは、お二人にとって都合のいい旅って事よ。

 ちんちんの旦那は色んな土地を旅したいんだから

 それが東だって文句は無いでしょ。

 その上折れた左腕が治るんだから最高じゃない」


まぁ、そうだな。と言って、フェラクリウスはあっさり丸め込まれる。


「んで、男前のアンちゃんはもっと色んな経験を積みたい。

 それだったら知ってる国を巡るより

 知らない国に行った方が今までにない経験が出来るでしょ」


口にしたわけではないのだが、カートの目的はヘルスメンの言い当てた通りだった。


「…お前、いつから話を聞いてたんだ?」


カートが疑念を抱く。ヘルスメンは取り出したマッチを外套にこすりつけ火を起こすとパイプのチャンバーに火を落とした。


「何も聞いてないけど、わかるよぉ。

 男が旅をする理由なんて、みんな一緒だもの」


この男のおどけたようなわざとらしい口調も相変わらず鼻につく。


確かにヘルスメンの話が真実であれば目的地にするには最適だ。


だが、この提案には二つの問題があった。


一つはヘルスメンがいまいち信用に欠ける人物であること。


そしてもう一つは…。


「よし、決まりだな。

 東に向かおう」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!

 言ったろ、西と東は入れないって」


即断即決しようとするフェラクリウスをカートが制止する。


「注文ばっかで申し訳ないんだが…東はマジで厳しいんだ。

 国境を越えるのにも手形が必要だし、

 …多分向こうの許可が降りない。

 軍人だからとかじゃなくて、

 ウチからは一般人も入れてもらえない」


カートキリア王国の東に隣接する国、“アン”。


この国もまた、入国を厳しく取り締まっていた。


カートキリア王国と関係が悪いというよりは殆ど関わりが無いと言った方がいい。


というのも、アンはカートキリア以上に若い国なのだ。


建国されてからまだ十年も経っていない。


国内情勢が安定するまで他国からの干渉を受けぬよう、最低限の交流のみしか取られていない。


通れるのは国に認められた商人のみで一般人の通行も許可が下りない。


地形的にも険しい山で完全に分断されており関所を通る以外に入国する方法は無かった。


「だったら南しかねえな」


「いやいや、入れるよ」


またしても即断しようとするフェラクリウスを、今度はヘルスメンが止める。


何故か東にこだわるヘルスメンをカートは訝しんだ。


「あのなぁヘルスメン。

 不正な方法で入れば国に迷惑がかかる。

 軍人の俺がそんな事出来るわけないだろ」


「もぉー。

 俺をなんだと思ってんのさ。

 正当な方法で入れるって。

 許可証を貰えばいいんだから」


許可証を…?フェラクリウスとカートが顔を見合わせる。


アンの役人に認められた者しか入手できない許可証が、そんなホイホイ手に入るはずもない。


そう問い詰めるもヘルスメンは浮かべたパイプの煙越しにほくそ笑む。


「手に入るんだなぁ、それが。

 俺が口を利けばね。

 俺ってほら、顔広いから」


信じがたい。信じがたいが、入れるならそれに越したことは無い。


だが二人の頭には当然の疑問が浮かんでいる。


フェラクリウスがそれを口にした。


「報酬はなんだ?」


ヘルスメンは商人だ。旅のプランを提案してきたという事は、それ相応の見返りを求めてくるに決まっている。


逆に言えば、この男が商人として信頼出来るのであれば報酬さえ支払えれば嘘は無いという証明にもなる。…信用出来るのであれば。


しかし彼の返事は二人の予想を裏切る。


「報酬はいらない」


ニコッと口角を上げて答えたヘルスメンに、フェラクリウスは意表を突かれた。


「…どういう事だ?」


「というより、報酬を支払うのは俺の方なんだなぁ」


おっと。と、ヘルスメンは消えかけたパイプに息を送り火を生き返らせた。


いまいち事情が呑み込めない二人に、ヘルスメンが補足を入れる。


「波紋党の件、旦那に託したろ?

 そいで旦那は見事老師を打ち倒してくれた。

 だからこれは、俺からの報酬だと思ってよ」

「ほら、俺って商人あきんどだからさ。

 そういうのちゃんとしてないと、モヤっちゃうのよね」


飄々とした態度でごまかしがちだが、思いのほか誠実な男なのかもしれない。


「わかった。東に行こう。

 いいか?」


フェラクリウスが相棒に尋ねる。「アンタが言うなら文句はねえ」と、カートの同意も得た。


「よっしゃ、決まりだね!」


ヘルスメンがパチンと指を鳴らしゴキゲンに笑ったヘルスメンは。


「許可、下りなかったらごめんね!」


明るいトーンでさらりと不安を煽った。

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