第63話 タッチャマンズ


「この応急処置は誰が?」


医師はフェラクリウスの肘の具合を確認し、二人に問いかけた。


「このおっさんが自分でやったんだけど」


寡黙なフェラクリウスに先んじてせっかちなカートが答える。


「片手で?素晴らしい。

 骨がずれてる感じが全くないね」


医師は感心した様子でフェラクリウスを褒め称えると、素人にもわかりやすく説明を始めた。


「肘の先のとがってるところ。

 この肘頭ちゅうとうって部分が折れている。

 骨折箇所が前腕とか上腕だと切開して

 骨を元の位置に戻す必要がある場合が多いんだ。

 でもこれならこのまましっかり固定しておけば大丈夫かな。

 経過を見ながらになるけど、まぁ一か月は動かさないようにね」


流石は歴戦の旅人フェラクリウス。


応急処置も的確なのだとカートは感心した。


実際にはフェラクリウスは二年しか旅をしていないのだが。


「こいつ風俗行こうとしてたんだけど

 駄目ですよね」


念のためカートが確認を取る。


「だめだめ、もう絶対安静。

 痛むだろ?靭帯も損傷してるからね。

 ちんぐり返しなんてもっての外だよ」


具体例を挙げて医師が忠告してくれた。


どんなプレイをするかまでは言及していないので余計なお世話だが。


親身になって相談に乗ってくれるのは良い医師の特徴だ。


「右手で抜けるね?左利き?抜くときの話」 


「両対応だ」


「君もかい。僕もだよ。

 それなら安心だね」


知りたくもない情報が飛び交い、カートは少しげんなりした。


特に、医師の手淫時の利き手とか全然言わなくていい場面である。


親身になりすぎるのも考え物なのかもしれない。


だが、この話の流れならばついでにあの相談も出来るのではないか。


「おっさん、あれ聞けよ。女性の前で勃っちゃう奴」


カートにうながされ、「そうだな」と納得したフェラクリウスは女性が近づくと股間が膨張してしまう問題を医師に相談した。




「なるほどな…」


医師はフェラクリウスの悩み(実際には本人はそれほど悩んでいないのだが)を笑うでもあざけるでもなく、真剣に聞いてくれた。


「『ちんちんよわよわ病』の可能性が高いね」


「『ちんちんよわよわ病』!?」


カートは思わず復唱し、あまりの馬鹿馬鹿しさに死にたくなった。


だが、この文章を読んでいる方の中にも音読してしまった人がいるだろう。


いや、いるはずだ。


いるに決まっている。


“ちんちんよわよわ病”には、つい声に出してしまいたくなる魔力があるのだ。


「ほんの些細なことで男性器が勃起してしまう。

 これは『ちんちんよわよわ病』の特徴だね」


「随分と締まらねえ呼び名だな」


「ああ、僕がそう名付けたんだ。学会には発表していないけどね」


もうちょっと医学的な病名にした方がよいのではないか。


カートはそう疑問に思ったが口には出さなかった。


「他にも、『たっちゃうマン』とか『タッチャマン』とか呼ばれている」


「誰が呼んでいるんだ?」


「僕が呼んでいる」


だったら統一してくれよ。


ひょっとすると、この医師は少々変わり者なのかもしれない。


「それで、おっさんの病気は治るのか?」


カートの質問に対し、医師は暗い話題を吹き飛ばすように明るく笑い飛ばした。


「ハハッ、『ちんちんよわよわ病』は病気じゃない。

 ただの性癖さ。そんな深刻に考えなくていいよ!」


「だったら『病』ってつけんなよ」


流石にカートも指摘したが、医師は全く意に介さずフェラクリウスの診断を続ける。


「性癖ってのは誰でも持っているものだ。

 君はちょっと性癖の範囲が広いんだろうな。

 一般的には女性の『指毛』だったり『あごのたるみ』が

 性癖にクるものだけど、君はきっと『女性』そのものが

 下半身にぶっ刺さってしまうんだろうね」


それはそこそこ大問題じゃねえのか。


あと、「指毛」も「あごのたるみ」もそれほど一般的じゃないと思う。


「実は、僕も昔『たっちゃうマン』だったんだ。

 女性が食事した後の食器を見るとたっちゃうんだ」


「ちょっとキツめな性癖だな…」


相槌を打ってから、カートは口が滑ったと反省した。


性癖は誰かに責められるものではないのだ。


ただ、気持ち悪いと思われる要素の一つなので明け透けにするのではなく、気心の知れた関係が築けていないのであれば基本的には胸に秘めておくべきである。


もっともここは医療の現場なので医師に他意は無いのだが。


「でもね、これは興味の問題だから。

 女性への関心が薄れていけば

 自然と治まっていくからね。

 時間が解決してくれるはずさ。

 僕だって今じゃすっかり『タッチャマン』を克服したよ。

 女性の使用済み食器を見てもなんにも反応しない。

 それに、今だってそれほど困る事は無いだろう?

 勃起をするのは清々しいものね!」


「確かに」


フェラクリウスは同意し、医師と意気投合した。


「ちょっとは困る事もあると思うぜ。

 相手を困らせる事もあると思うし…」


カートが冷静に苦言を呈するが、二人ともそこまで気に留めていない様子だ。


フェラクリウスがいいならそれでいいのだが…。


いや、そうでもない。本人が気にしなくても、同行するカートが割を食う場合がある。


現に、“あんあんキャッスル”のキャシーに怒鳴り散らされている。


「でもさ、そんな…『タッチャマン』?

 女性受けは悪いだろ。

 ずっとちんちん勃ってる奴、一緒にいて恥ずかしいと思うし。

 このおっさんの…あんま俺が言っていいのかわかんねえけど、

 すげえ目立つんだよ。

 症状が出たときに隠す方法とか無いのかよ」


僅かな可能性でも、“タッチャマン”をごまかす方法は無いかとカートは医師にすがった。


「まぁ、確かにタッチャマンは女の子には印象が悪いね」


医師はうんうんと深く頷いた。


「だから僕は男色家になったのさ」


「……え?」


突然のカミングアウトに、診察所の空気が固まった。




多様性。


残念ながら作中の世界でも多様性が全ての人々に認められているとは言い難い。


しかし時代は変わっていく。


20年前、ダンテが貴族の悪政から人々を救ったように。


この先いつか、カートがダンテの意思を継ぐように。


現に、フェラクリウスにもカートにも多様性を認める姿勢は見られる。


この状況はただ、あまりにも唐突だったためかける言葉を失っただけの事である。


いずれカートキリア王国でも多くの人々から多様性が認められる日が来る事だろう。

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