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第61話 次の任務


王都ネーブル、オンファロス城。


国王の執務室。


カートは国王ダンテに波紋党の件について報告していた。


部下から上司への事務的な報告という堅苦しい感じではなく、二人の関係そのままに叔父と甥っ子の会話といった様子であった。


カートは興奮しながらフェラクリウスとどのように出会ったかを語った。


ダンテもダンテでかわいい甥っ子の話に笑顔を浮かべていたが、老師の話になると真剣なまなざしへと変わった。


自分が行動すべきか悩んでいる間に、ここまでの事件が起きていたとは。


ダンテが波紋党討伐に直接出向くのをためらっていた理由は一つではない。


国内の情勢だけでなく他国との関係まで配慮しなくてはならなかった。


特に、関係が良好とはいえない西側の隣接国エリクシルには細心の注意が必要だった。


三英傑の一人であり影響力の強い王だからこそ、しがらみは増えていくのだ。


それでも、もっと早く決断し自分が動いていれば被害者の数は抑えられた。


フェラクリウスという男が偶然現れてくれなければ、本当に反乱が起こっていた可能性も否めない。


自分も王として未熟であると痛感していた。


だがダンテは子供ではない。


「たら」「れば」は後悔するためではなく次に活かす為だと心得ている。


報告が終わると即座に対策を行うため、大臣たちを集めるよう指示を出した。


ひとまずカートは任務完了という事になる。


体を休めるよう命令を受けたカートはひとっ風呂浴び、さっぱりしてから自分の部屋に戻った。




ベッドに横たわり、昨日までの出来事を振り返る。


たった二日間の任務ではあったが非常に充実した時間だった。


カートが戦ったのはたったの二度。


一度目は武器も持たない相手に無様な敗北を晒し。


もう一度は武術の経験の無い盗賊を一方的に倒した。


思い返せばなんとも情けない戦績である。


だがこの二日で自分は成長する事が出来たと断言できる。


あの男の側にいたこと自体が貴重な体験だったのだ。


半日ほど経った頃、部屋に国王からの使いがやってきて再び執務室へと呼び出された。




「悪いな、休んでいるところ」


ダンテはカートを呼びつけると先程の会議で決まった事を伝えた。


各地に駐屯所を建てる。地方の見回りを強化する。


これらは正直、今の衛兵団の人数ではかなり難しい。


増員は必須であるし、人が増えれば練度が下がる。


そうすれば新人の訓練も必要になる。


単純に「これをやります」と宣言する分には容易いが、実行するには課題は山積みである。


「この大変さがわかるか?」


ダンテが問いかける。


もちろんカートも理解はしている。可能かどうかは別にして。


「一度は安定したようにみえた国内の情勢だが。

 去年のようにイレギュラーな事態が起きる度

 飢饉だ反乱だとうろたえるようでは

 真の平和とは言えない。

 衛兵団はこれからもっともっと忙しくなる。

 そのためにも優秀な指導者が必要だ」


「…承知しています」


カートはダンテが言わんとしていることをなんとなく推察した。


優秀な指導者。


自分もあの男ならば適任だと思う。


「フェラクリウスを軍の指導者として迎え入れたいと言うのですね?」


カートが国王に問う。


それを聞いたダンテはふふっと優しく微笑んだ。


「そうじゃない、その逆だ。

 …カート。お前、フェラクリウスと共に旅をして来い」


「…は?」


「もう一度言うか?

 フェラクリウスの旅に同行するんだ」


ダンテの言葉はカートにとって寝耳に水だった。


確かに、この二日間でカートは多くを経験し、多くを学んだつもりである。


しかしあくまで軍人である自分がこの忙しい時期に城を離れるなど。


「国王!衛兵団はただでさえ人手不足のはずです!」


「そんなものは俺が今の倍働ければいいだけだ」


カートはダンテの身体を案じていた。


国王は内政、外交、あらゆる政治の決定権を持つ。


そのかたわら反乱や災害などの問題が起きたときは自ら軍を率いて現地に向かう事もある。


ダンテが悪政を敷く貴族たちを討伐しカートキリアを平定したのが約二十年前。


以来、未だ成熟しているとは言い難いこの国で起きる数々の問題をその辣腕らつわんで解決してきた。


そんな彼は今でさえ常人の数倍の激務をこなしているはずである。


「身を削るのは臣下の役目です!

 俺が今の三倍働いて、衛兵団に貢献して見せます!

 その覚悟があります!!」


カートの訴えに、ダンテは悪戯っぽくにやりと笑う。


「今のお前が三倍働いたところでたかが知れてると思うが?」


冗談めいた皮肉だが、それは紛れもない事実である。


だが、今は一人でも多くの人材が必要なはず。


なおも食い下がるカートをダンテは優しく諭す。


「そんなに心配するな。

 いつまでも過酷な時間が続くわけじゃない。

 今が正念場って事に間違いはないが…

 俺はもっと未来の話をしている」


―未来。国王の言う未来とは、五年後か十年後か…。


「フェラクリウスと行動を共にし、成長して来い。

 そしていずれはこの国に戻り、立派な指導者になってもらう。

 これは国王としての命令だ」


命令とまで言われては、臣下であるカートに逆らう術は無い。


ダンテはフェラクリウス宛に一筆書いた手紙を渡すとカートには絶対に中身を読まないよう念を押した。


執務室を出たカートは扉に向かって深々と一礼した。


国王はすべてお見通しなのだ。


この二日間で自分の内面に大きく変化が起きた事。


心の底では、フェラクリウスの側でもっと多くを学びたいと願っていた事。


全て理解したうえで背中を押してくれたのだ。


自分も国王の計らいに応えたい。


いずれは衛兵団を率いるにふさわしい立場になるべく、責任を持って行動しなくては。


ただし、カートはまだ思い違いをしていた。


国王の言う“指導者”が、単に軍を率いる存在にとどまらない事に。


今ははっきりと明言する事は出来ないが、ダンテはいずれそうなる事を望んでいた。

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