第60話 解散、その後


終わったはずだ。


今度こそ。


深いため息とともにフェラクリウスの肩ががくっと落ちた。


忘れていた左腕の痛みがぶり返してくる。


フェラクリウスは目を閉じたまま天を仰ぎ、心底安堵したように再び息をつく。


「あんた、やっぱりすげえよ」


左に並んで崖を見下ろすカートが英雄をねぎらう。


手渡された水筒を右手で受け取り一口飲むと、更にもう一度深く息をついた。


「っと、悪い。折れてたんだったな。見せてくれ。

 つっても応急処置くらいしか出来ないが…。

 早く医者に診てもらわないとな」


「俺はいい。

 それより彼らを」


フェラクリウスは治療を拒否し盗賊たちのケアを優先した。


本心ではもっと勝者を讃えたかったのだが、それを堪えて指示に従う。


このオッサンは一体何者なんだろう。


とてもいち旅人の器とは思えない。


女性が近づくとちんちんびんびんになっちゃう童貞のおじさんと同一人物だという事が信じられなかった。




カートが衛兵団を代表して。


いや、国王の代理として盗賊たちの行為をゆるす旨を告げた。


強要があったとはいえ彼らがおこなった盗賊行為にも当然被害者はおり、それによって糧食を得ていた事は紛れもない事実である。


だが今回は特例で不問とした。


心身ともに憔悴しきった彼らには一刻も早い安心が必要なのだ。


国王なら、フェラクリウスならきっとこうするだろうと思慮を巡らせて、今できる限りの決定で彼らの心のケアを行った。


一通り今後についての処遇を決めると、カートは波紋党の解散を宣言した。


「今から山を下りると日が暮れちまう。

 痛むだろうが、明日まで耐えられるか?」


彼らに処遇を伝えている間に、フェラクリウスは片手で器用に応急処置を済ませている。


折れた左腕を添え木で固定すると首から女性用胸部下着で吊っていた。


「ブラもつけんのかよ!!」


カートの怒鳴り声が断崖に反響した。




この翌日、ラルシダの街でフェラクリウスはカートと別れた。


軍所属であるカートは国王ダンテに事の顛末を報告するため王都へと戻らなくてはならない。


フェラクリウスは旅を続ける。


二人は固い握手を交わし再会を誓った。




カートの報告を受け、ダンテは速やかに対策を行った。


数日後には今回起きた反乱、そしてそれを未然に阻止した事を国民に伝え、今後の対策を発表。


各村との繋がりを強化するため、王都との定期的な相互交流の約束。


衛兵団と自警団の協力、国全土に衛兵団の駐屯所を置く決定など、反乱対策を強化する。


そして反乱鎮圧の立役者となったフェラクリウスを讃えた。


以降、彼はカートキリアの英雄として語り継がれる。


ダンテの声明後、国中の称賛を浴びる事になるなど思いもよらないフェラクリウスは、下半身をバキバキに硬化させながらラルシダの風俗街をうろついていた。


風俗行きたいけどふんぎり付かなくてどうしよう、行っちゃおうかな、でもな、みたいなテンションで娼館をうらめしそうに見ては、またキャシーに怒鳴られたりしていた。




カートキリア王国“波紋党の乱”はこれにて解決した。


だがいくつかの疑問が残る。


老師の力の源が薬物ドーピングによるものだったのか。


はたまた魔法によるものだったのか。


彼らにその“正体”がわかるのはまだ先の事だった。


しばらくの後、ダンテと再び酒を酌み交わしたフェラクリウスはこう語っている。


「あの小さな老人の最期の

 眼差しが、声が、言葉が。

 記憶にこびりついて離れない。

 奴の邪悪な意思にわしづかみにされた心臓に

 火傷のような爪痕が残っているのだ。

 そして今もまだ、

 ふとした瞬間にどこかで

 あの奈落の入り口がこちらを狙っているような

 悪寒を感じる事があるのだ」


そして彼らは長らくの間、あの旗に描かれた二つの波紋の意味も知る事が出来なかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る