第59話 急転直下
「やったんだよな…?」
「…ああ」
カートの問いかけにフェラクリウスが答える。
その返事を聞いてようやく、戦慄に喜びが
周囲の盗賊たちも同様だった。
ぽつぽつと口を開く者が現れ、次第に歓声が沸き上がった。
歓びの声が勝者を讃える。
彼らは耐えたのだ。
気を失ったままのジョゼも。
ここにはいないビーディーも。
望まぬ環境の中を生き残ったのだ。
救われたのだ。
フェラクリウスの元に駆け寄ろうとしたカートは不思議な違和感を感じ取った。
いや、違和感…という言葉もしっくりこない。
何か、ざわざわと胸騒ぎがするような、あの心臓に絡みつくような嫌悪感が残っているような。
未だ
フェラクリウスの視線は老師の遺体に突き刺さったまま動かない。
残心。
彼はどんな相手であっても決着がついたと確信するまで油断しない。
それはこれまでの経験によって身に着けた生き残るための“技術”とも言える。
だが
相手は既に絶命している。
にもかかわらずフェラクリウスは警戒を解く事が出来なかった。
半身に浴びた返り血を拭う事すらしない。
彼自身、経験の無い事態に戸惑っているようにも見える。
カートも彼の視線の先に目を向けた。
右腕を欠損し、左肩から中心に向かって裂かれた無残な死体がうつ伏せに横たわっている。
…死んでいる。
生きているはずがない。
おびただしい量の血液がそれを証明していた。
しかしどうした事だろう。
カートもまた、フェラクリウス同様に遺体から視線を切れなくなっていた。
波紋党から解放された者たちの歓声とは対照的に、二人は無言のまま老師の遺体を見つめていた。
それは数秒の間だったか。それとも数分だったのか。
時間の感覚を忘れて凝視していた遺体に変化が起きた。
!!
眼球が零れ落ちる程に目を見開き、あごを落としそうになるほど口をかっぴらいてカートは飛びのいた。
周囲の人間もそれに気付き、歓声がぴたりと止まる。
千切れかけた左手の指がぴくりと動いたのだ。
見間違いではない。
左手の指は何かを探っているかのように湿った土の上を彷徨うと、身を起こそうとゆっくり大地を掴んだ。
膝が曲がり、幼虫が這いずるようにゆっくりと縮んていく。
立てるはずがない。
人間であるならば。
しかし老師なら。
人外である事を疑う余地のないこの
フェラクリウスは老師を“殺した”感触以上にぬるりとした“邪悪な手”に再度心臓をわしづかみにされた。
その場にいる誰も、声を上げる事はかなわない。
ただただ
遺体がゆっくりと立ち上がる。
顎を天に向けフェラクリウスを見上げた。
「見つけたぞ…」
ぼたぼたと血液をこぼしながら、目の前の男に手を伸ばす。
フェラクリウスが再び武器を構えた。
「おぬしがわしの…」
老師が言いかけたその時。
凄まじい轟音とともに足元が揺れだした。
フェラクリウスはカートの腕を掴み崩れ落ちる
老師はガクンと膝をつき、彼らの目の前で崩落に巻き込まれ消えてゆく。
フェラクリウスは崖の淵から老師の行く末を覗き込んだ。
なすすべなく転落していくボロボロの老人が見える。
老師は笑っていた。
見開いた眼で、フェラクリウスを凝視したまま。
奈落の入り口がフェラクリウスを迎え入れようとしていた。
だが、岩肌に体を打ち付けた途端。
バキッという異音と共に、糸の切れた
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