第58話 点火


老師はしっかりと反応していた。


フェラクリウスの攻撃をギリギリで避け右腕をへし折るビジョンも見えていた。


だがありえない事が起きる。


先程目の前に突如おりものパンティーを現したように。


ありえない事を起こした男は何度でも想像を超えてくる。


老師の漆黒の目は確かにそれを捉えた。


フェラクリウスの巨大な肉体、その内側。


中心部でエネルギーが爆発する瞬間を。


生命エネルギーが力強く全身に巡り渡るのを。


(やはりそうか!!)


小さな瞳をギンギンに輝かせて老師はにたぁ~っと気味の悪い笑みを浮かべた。


次の瞬間には、もう決着がついていた。


それはただの上段。


武の道を志す者からしたら基礎の基礎。


精度、速度、そして威力。


ただ力強く。ただ鋭く。


磨き上げられた“極上の基礎”。


その技の名は大地を揺るがす赤竜の咬撃こうげきから付けられた。



赫  天  牙あかてんが !! 



会心の一打。


踏み込みの衝撃は大地を通じて周囲の人間の心臓を揺らした。


老師の左肩に命中したその技は皮膚を破り、鎖骨をへし折り、肋骨まで砕いた。


内臓を圧し潰し、鉄の竿は老師の心臓に届いた。


凄まじい鮮血が吹き上がる。


返り血を浴びながらも、フェラクリウスは老師から目を離さない。


老師もまた、フェラクリウスと目を合わせていた。


ぎらぎらした瞳でフェラクリウスを見つめ、水揚げされたばかりの魚のように口をパクパクさせた後にバタンとうつぶせに倒れた。


壮絶な場面だった。


この瞬間を待ち望んでいた盗賊たちですら喜ぶのを忘れ思わず目をそらす程に。


カートも目を覆いたい気分だった。


だが、終わったのだ。


老師は倒され、フェラクリウスは生き残った。


まずはそれで何よりじゃないか。


カートは自分にそう言い聞かせた。


フェラクリウスは老師が倒れた後も動かず、じっと構えを解こうとしなかった。


勝利を掴んだその手の中には武器を通して老師の内臓を打ち抜いた感触が残っていた。

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