第57話 光差す
カートの呼びかけがヒントになった。
動体視力が優れているからこそ反応してしまう。
ほんの一瞬の違和感に気付き、対応が遅れてしまう。
フェラクリウス自身が語っていた事だ。
無論カートもパンティーをくくりつけて気を引く事までは思いついていなかった。
だが信じた。
フェラクリウスであれば、きっと打開策を思い付くはずだと。
そしてフェラクリウスは彼の期待に応えたのだ。
相棒の声援が記憶を呼び覚ました。
かつてパンティー織物で栄えた村での事を。
カートに語った“あの日”の記憶が、“
歓声とも悲鳴ともとれるざわめきが辺りを包んだ。
周りを囲う集団も、様々な感情を持ってこの様子を見守っていたのだろう。
やっと国が救いに来てくれたと期待した者。
また同じことの繰り返しだと諦めていた者。
老師を刺激するフェラクリウスに憤りを抱く者。
彼らが今、想いを一つにして声を上げた。
フェラクリウスの勝利を疑っていた波紋党の者たちも希望を持たずにはいられなかった。
だが、喜びも束の間。
「ほっほっほ」
不快なあの笑い声が響くと同時に、ざわめきがぴたりと止まる。
「なんのなんの」
笑っている。
右腕からおびただしい量の血液をぼたぼたと垂れ流しながら、なおも不敵に。
「やられたの。
今の一撃は見事というほか無いじゃろう」
老師から流れ落ちた大量の血は乾ききっていない黒い地面にあっという間に馴染んでいく。
「だがまだ終わってはおらんよ」
老師がにやりと口元を歪めた。
フェラクリウスはハアハアと肩を大きく揺らしながら老師を見下ろす。
「殺す気は無い…。
だがじいさん…」
「死ぬぞ」
「ヨイぞ、おぬしはヨイ…!」
決着へと向かっていく。
カートが喉を動かす。
緊張感で乾いた喉にツバを流したかったのだが、口の中もカラカラで上手くいかなかった。
お互いに片腕を負傷しているが、ダメージは比べ物にならない。
それでもこの老師の自信。
痛みに耐えているのが見てわかるフェラクリウスに対し、額に汗一つ見せない。
もはや疑問は無い。
これは人ではない。
だが何であっても構わない。
フェラクリウスが生きて帰れるのであれば。
ふがいない事だが、いまの自分がフェラクリウスのために出来る事は何もない。
自分に今出来るのは―。
この男の背中をその目に刻み、学び、吸収すること。
万が一、フェラクリウスが敗れたとしても。
自分が生き延び、必ず国王の下に戻る。
波紋党は必ず壊滅させてみせる。
(でもよフェラクリウス…。
信じるからな、アンタの勝利を…!!)
カートは両の拳を握り、決闘の行方を見届ける覚悟を決めた。
痛みに耐えるだけでも疲労は蓄積していく。
左腕が利かず、体力も消耗している。
にもかかわらず今のフェラクリウスは、その巨体が更に一回り大きく見える。
「人間の檻を完全に破ったかの。
だがまだじゃ。そこから踏み出して、初めてじゃよ」
老師が抽象的に評する。
フェラクリウスに対しては終始好意的な態度に見えた。
「大人しくわしに食われてみよ。
味わったことのない快楽を得られるぞ」
老師の言葉一つ一つに戦慄が走る。
大蛇の長い舌が心臓に絡みつくようだった。
だがフェラクリウスはそんな言葉に惑わされず、武器を上段に掲げた。
馴染みのあるその構えにカートの心は高ぶる。
(屋根の構え―、いや、あれは…!?)
左腕はだらんと下げたままではあるが、それはカートの得意とする構えに似ていた。
だが「八相」に近いカートの「屋根」よりも更に高く武器を掲げ、掌が側面を向くように手首を返している。
武器を斜めに寝かせている事から、西洋剣術で言う「屋根」と「雄牛」の中間の構えと言える。
土壇場にきて新たなスタイルを見せるとは。
この男はいったいどれだけの技法を体得しているのか。
相変わらず老師は大気ににじむようなどす黒い悪意を纏っている。
辺りを侵し、蝕み、飲み込むような邪悪を。
だがどうだろう。
対峙するフェラクリウスは光条を背負うかの如く鋭い闘志を放っていた。
雲の切れ間から差し込む光で、天に掲げた鉄の竿が鈍く輝く。
(負けてねぇ…。
負けねぇ…!)
(勝て…!フェラクリウス…!!)
もはや小細工は無い。
フェラクリウスが自ら踏み込んだ。
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