第55話 劣勢の英雄


恐怖心を振り払う為だろうか。


フェラクリウスは自ら前に出た。


反撃の隙を与えないよう素早く、コンパクトに攻撃を繰り出す。


その全てを完全に見切っているかのように、老師は紙一重で避けていく。


あと僅か、ほんの数センチで命中するはずの距離が途方も無く遠く感じた。


それでも手を出し続ける。


一方的に攻撃し、老師に反撃の隙を与えない。


…はずだった。


!!


猛攻のさなか、突如老師の姿が視界から消えた。


目には映っていないが、フェラクリウスには老師の居場所はわかっていた。


老師は奇怪な子猿のように、フェラクリウスの左腕にしがみついていたのだ。


―殺られる!!


フェラクリウスは咄嗟に左腕を伸ばし、頭部や首といった急所から老師を遠ざけようとした。


その左腕を伸ばす勢いを利用し、老師は腕ひしぎのような姿勢でフェラクリウスの肘を破壊した。


「ぐううぅぅッ!!」


腹の底から湧き出る低いうめき声。


フェラクリウスは絶叫しそうになるのを歯を食いしばって必死に耐えた。


即座に武器で振り払うも、老師はひらりと着地して離れる。


余裕の笑みを浮かべる老師。


あの激しいやり取りの中、左腕に飛びつき即座に関節をめる。


運動能力の高さもさることながら、フェラクリウスの太刀筋が視えていなければ出来ない。


凄まじい動体視力と反応速度である。


殺すつもりなら打撃を入れる方がよっぽど簡単なはずだ。


つまりは痛めつける事が目的。


遊ばれているということだ。


左腕から上ってくる激痛が神経を伝って脳に届く。


ガツンガツンとリズミカルに絶え間なく、頭蓋を内側から叩いてくる。


脂汗が吹き出し、体力を消耗していく。


痛みに耐える表情は仁王の如く険しい。


「ほっほっほ。

 骨はくっつく。

 治らんようには壊さんよ。

 だがまぁ、そんなことはの。

 お主が心配する事ではない」


異様な光景であった。


一見すると身の丈二メートルの巨漢が枯れ木のような老人をいじめているようにしか見えない。


しかしその実は逆である。


達人ともなればあの細く小さな体で分厚い筋肉に覆われたフェラクリウスの腕をへし折る事も容易いのだろうか。


秘薬の力で強化された筋力ならばフェラクリウスの豪打を足で受け止める事が出来るのだろうか。


本当に?


そんな事が出来るのか?


目の前で起こる不可解な事象についていけずカートの脳は混乱していた。


腕力によるものなのか、技術によるものなのか…。


まるで一流の手品師のパフォーマンスを見せられているようだ。


手品…。


「…まほう?」


カートの口からぽつりとこぼれた言葉。


いつだったか、国王から話してもらった事がある。


西の国には自然界のエネルギーを操作し奇跡を起こす技術があるという。


東の国には自身の生命力をコントロールし敵に触らず吹き飛ばす武術があるという。


当時は理解出来ず、一笑に付していた。


だがもし老師の体術が薬ではなく魔法によるものだとしたら。


老師は読み漁っていた文献の中から「魔法」についての知識を得たのではないか…。



…この場での推察は無意味だ。


カートはそれに関して考えるのをやめた。


老師の力の源がなんであるか突き止める事が出来たとしても、今この場でフェラクリウスの助けにはならないからだ。


いま頭を働かせるべきはそこじゃない。


カートは再び思考を巡らせた。


悔しいが老師は格上だ。


ならば格下に勝ち目はないのか…。


いや!


「フェラクリウス、忘れるなよ!

 右腕も怪我してるんだろ!!」


カートの呼びかけに、フェラクリウスは答える余裕すら無い様子だった。

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