第53話 蛇の舌


広場を囲う数十人の盗賊たち。


波紋党の人間のはずだが、彼らが敵でないことはわかっていた。


この大男が老師を倒してくれるのか。


自分たちを解放してくれるのか。


恐る恐る、だが微かな希望にすがる思いで見守っているのだ。


フェラクリウスが老師の元へ歩み寄っていく。


老師は岩の上からゆっくり降りてそれを迎え撃つ。


眉間にしわを寄せ静かに怒りを燃やす巨人と、漆黒の笑みを浮かべる小さな老人。


見下ろすフェラクリウスと、見上げる老師。


睨み合いの時間が続く…かと思いきや、次の瞬間にはフェラクリウスは攻撃を繰り出していた。


左足で強く踏み込み、得物を突き出す。


が、空振り。


老師は間合いの外に移動していた。


初動が見えない程の高速の一撃を、老師は軽々と回避した。


間髪入れずに距離を詰めて再び攻撃を繰り出すフェラクリウス。


横薙ぎをくぐるように回避する老師。


フェラクリウスの攻撃は更に続く。


体の軸を大地に突き刺したかのような素早い重心移動で、高速の連続攻撃を繰り出していく。


(…すげえ。

 これがおっさんの本気…!)


カートは興奮した。


荒々しくも無駄の無い洗練された動き。


風圧だけで皮膚を切り裂くのではないかという鋭い音が一撃一撃の威力を物語っている。


それが絶え間なく続く。


リーチの先端を押し付けるようにギリギリの間合いを保っているため、老師に反撃の手立てはない。


この間合い感覚の正確さは実戦経験が豊富であるという言葉だけでは片付かない。


疑いようのない“戦闘センス”の塊。


細かい足運びでフェラクリウスの連撃を避け続ける老師の顔は。


笑っていた。


どこか服の一部にかすりでもすれば体ごともっていかれそうな強打のラッシュに身を晒されているというのに。


寒気のする薄ら笑いを浮かべていた。


激しく動くフェラクリウスに対し、老師は最小限の動きで攻撃を回避していく。


身のこなしが素早いようには見えない。


それでも老師は豪打の嵐を容易く掻い潜る。


まるで次の攻撃を予知しているかのように。




いったい何十発の攻撃を繰り出したのだろうか。


その一撃たりとも老師に命中させることは適わなかった。


フェラクリウスの手が止まる。


老師から視線を切らず、ふうと大きく息を吐いた。


無理もない。


あれだけ激しい運動量。


並みの人間ならとっくに息切れしている。


見ているカートの方が緊張感で息苦しさを感じる程だ。


それでもアップを済ませた格闘家のようにフェラクリウスの呼吸は保たれていた。


現代いまで言う、「エンジンが掛かってきた」といった調子だ。


対して、相手に一方的に攻めさせていた老師はまったく疲労を見せない。


戦闘開始前と変わらぬ様子であった。


小さな漆黒の目でフェラクリウスの顔をじっと見つめていた。


「…ふむ」


老師は何かを窺っているような、試しているような様子で小首をかしげた。


「お主でもいけそうじゃの」


「…?」


「お主でもよいの」


老師は二度、似たような意味合いの言葉をつぶやいた。


しかし二言目の方がにじり寄ってくるような不気味な距離感を覚える。


そして、更にもう一歩。


「お主の童貞、わしがもらってやろう」


踏み込んだその言葉は対面する人間の内側に無理やり入り込むような不埒なものだった。


嫌悪感を覚える発言にフェラクリウスは吐き気を覚えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る