第46話 老師の秘密


「む、無茶だ…」


盗賊の男が声を震わせた。


「アンタが強えぇのはわかってる。

 だが、アンタは人間だ」

「老師は違う。

 理屈で説明は出来ねえ…

 だが、会った人間なら感覚でわかる。

 “あれ”は人間じゃねえ」


「落ち着け。

 …何を見た?」


フェラクリウスに促され、男は深く深呼吸をした。


それから一息置いてゆっくりと話し始める。


「あのじいさんがなんで老師と呼ばれているか

 知っているか?」


「歳をとったからだろう」


「それじゃ『老人』だろ。

 『師』の方に意味があるんだ」


なんで深く考えずに即答してしまうのか。


普段は黙っているくせに。


カートはフェラクリウスのここが苦手だった。


見ていて恥ずかしくなるのだ。


フェラクリウスはただただ頭の悪さを晒した。


「武術の師範じゃないのか?」


カートがフェラクリウスに変わって答える。


「そう思うだろ。

 だがそうじゃない。

 奴は薬師くすしさ」


薬師くすし


医師の一種で主に薬剤を治療に用いる。


この世界では内科医のような役割を司る。


「それもその道じゃ有名な大先生だ。

 弟子も多く、異国から学びに来る者もいたらしい。

 深い知識を持ちそれでいて勉強熱心。

 白首窮経はくしゅきゅうけいのため

 古今東西あらゆる土地から学術書を集めて

 日々取り入れているそうだ」


薬学の偉い先生としての敬称で、老師。


意外だった。


薬師と言えば人を救う生業なりわい


想像していた邪悪な老師像とはかけ離れている。


「つまり、どういう事かわかるか?」


「老師もかつては

 立派な人間だったという事か」


「そんな事俺たちにとっちゃ

 どうだっていい」


おじさん…だからなんで意図を汲まずに即答してしまうのか。


カートは片手で顔を覆った。


「世界中の学術書を読み漁るうちに、

 老師は見つけたんだ。

 身体能力を劇的に高める秘薬を。

 超越したんだ、人間の力を。

 国一つ、ひっくり返す事が出来るほどの力をな」


老師の力の源がドーピング?


人間を超越させる薬物?


「そんなもんが存在するとは

 思えねえが…」


カートが疑問を抱くのも無理は無い。


だが頭ごなしに否定しようとすると、脳裏にヘルスメンの言葉とアヘ顔がちらつく。


「じゃなきゃありえねえ!

 あんな怪力、あんな小せえジジイが持ってるはずがねえ!」


ここにいる者たちは見たという。


老師に逆らった男が、頭部を握り潰されるところを。


凄惨な有様にその場は阿鼻叫喚。


嘔吐、失禁する者が続出しストレスで崖から身を投げる者まで出たという。


「…なんて悲劇だ」


直接現場に立ち会った者から話を聞くとよりいっそう臨場感が伝わってくる。


彼らの声のトーン、息遣い、そして表情から怒りを通り越し恐怖に侵されそうになる。


ちらりとフェラクリウスの様子を伺う。


いつもと変わらず、腕を組んだまま無言で彼らの話に耳を傾けている。


ただ一点、右の拳を握りしめ震わせている事を除けば。


「アジトの場所を

 教えてくれるだけでいい。

 お前たちに危険は及ばせない」


フェラクリウスが盗賊の男に問いかける。


「…それでも行くってか」


「これ以上犠牲者が

 増える前に動きたい」


男は深いため息をついた。


「あのなぁ、山を歩くんだぜ?

 獣道をかき分けて、渓流を渡る。

 俺たちだって歩きながら必死で覚えたんだ。

 口頭で伝えてわかるかい?」


フェラクリウスが口をつぐむ。


言っちゃ悪いがこのおっさん、記憶力がいいようには見えない。


「俺が案内する」


話を聞いていた盗賊の一人が、横から案内人を買って出る。


「お、おい、やめとけビーディー…」


ビーディーと呼ばれたひげ面の男はフェラクリウスを親指で差して止めようとする仲間に返した。


「話してわかったろ。

 こいつ、思ったこと全部口に出しやがる。

 嘘が付けるような男じゃない。

 こいつは信用出来る」


「頭が悪いだけじゃねえのか…?」


「それもあるだろうよ。

 だがな。言葉だけじゃねえんだ。

 目を見て話して、信用しようと思ったのさ。

 理屈じゃねえよ」


腹をくくった様子のビーディーに、仲間の男はなおも食い下がる。


「信用出来るかどうかじゃねえ、

 老師に敵うわけねえんだ…!」


「イイんだよ、俺はこいつに付きたい。

 あのジジイに従ってても未来はねえからな。

 どのみち討伐軍が動くんだぜ」


他の仲間を無理やり説き伏せてビーディーが立ち上がる。


決まりだな。


そういってフェラクリウスも出立しゅったつの用意を始めた。


「俺はフェラクリウス。

 こっちは相棒のカートだ」


相棒…。


いや、説明を簡潔にしただけと理解はしているが、カートは一瞬この男に認められたような気がして悦に浸った。


「ビーディーだ。

 よろしくな」


二人はビーディーと握手を交わした。

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