第44話 捉えるな
「よくやった」
フェラクリウスは既に“仕事”を済ませたカートに気付くとストレートな賛辞を贈った。
面食らい、カートは照れくさそうに目をそらした。
「褒めるような事かよ、
素人を一人倒しただけだぜ」
「殺さず無力化した事に、だ」
フェラクリウスは倒れている賊に近づくと、出血している右前腕の傷を確認した。
倒した相手を気遣っていたのか。
カートは知らずのうちにフェラクリウスの大きな背中を尊敬のまなざしで見つめていた。
その視線の熱に気付いたのだろうか。
フェラクリウスが振り返って言った。
「カート、パンティー持ってるか」
「持ってるわけねえだろ」
間髪入れずに否定する。
…そういえばこのおっさんは右腕にパンティーを巻いていた。
カートが言葉の意味を理解する。
「止血用の布が必要ならそう言えよ」
応急手当て用の
軍で習った応急処置をてきぱきとこなす隣で如何にパンティーが止血に適しているかを語り続けるフェラクリウスがうっとうしい。
だが同時にふと湧いて出た疑問を口にした。
「…アンタほどの男に傷をつけた相手は
どんな奴だったんだ?」
三英傑のダンテにすら無傷で勝利するこの男が負傷した理由とは一体。
「乳首が立っていた」
「何を言っているんだ?」
フェラクリウスは端的に答えたつもりのようだが、端的すぎて全然理解出来なかった。
カートは一瞬自分が何の質問をしたのかも忘れそうになった。
「戦闘中、相手の胸元がはだけて
ちらりと見えたんだ。
…乳頭部がビンビンに尖っていた」
「女と戦っていたのか?」
「胸毛の濃い中年男性だ」
フェラクリウスは辛い記憶を振りほどくように目元を手で覆い、頭を振った。
「それでこのザマさ、
笑っちまうだろ」
「笑えるほどおかしくもねーし、そいつ気持ち悪りぃよ…」
「乳首ってのは、どんな条件で立つんだろうな」
「知らねえよ、人によるんじゃねえの。
そこの話を膨らますんじゃねえよ」
ええと…何の話をしていたんだっけ。
カートは頭の中で散らかった情報をなんとか整頓しようとした。
「油断してただけじゃねえか!
戦闘中に相手の乳首なんか気にしてんなよ」
「油断などしていない。
戦闘中だからこそ
相手の挙動、違和感、全てに気を配っていた。
構え、足運び、可動域、視線に乳首。
不測の事態に対応できるよう
あらゆる状況の変化を“視て”いる。
だが用心深さが裏目に出る事もある。
胸毛の毛深さと乳首の硬さに心乱され対応が遅れた事は
反省すべき点だ」
目が良すぎるのも考え物という事か。
なんにせよ参考にすべき話では無い。
成る程、では強敵と対峙したときは乳首をビンビンにして胸元をはだけさせておこう!とはならない。
命の取り合いをしている時になかなか意図的に乳首は立たない。
そういう意味ではチクビンおじさんはフェラクリウスに傷を負わすに足る大物なのかもしれない。
参考にこそならなかったが、カートはまた一つフェラクリウスの事が分かった。
おじさんの勃起乳首に気付いたせいで傷付いた二の腕にパンティーを巻き付けるおじさんという事が。
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