第39話 悪め


「…盗賊団の中にジョゼを見た。

 見間違いかと思ったが」


ヘルスメンが見たあの大男は、やはりジョゼだった。


フードを被っていたが、ちらりと見たあの顔は覚えている。


以前会った時でも180㎝後半はあったであろう。


それからどれほど背が伸びているかは想像に難くない。


「あの子はどうしてた!?」


「略奪してたよ」


ヘルスメンは見たまま偽りなく伝えた。


事情を聴いている間、タミィはずっと顔を覆ってすすり泣いていた。


「ジョゼに盗賊なんて…

 誰よりも正義感が強い子なのに!」


「わかるよ」


「普段から『悪め、悪め』と、

 不正を許さない…。

 老師を見る目も、

 それは険しいものだったのに…」


タミィは再びあの日の事を思い出し、大粒の涙をこぼしながら訴えた。


「ものすごい“悪め顔”だったんだよ。

 悪を憎むあまり白目を剥き、

 舌を出してよだれを垂らし…口角も上がって。

 両手でピースサインをしていたような気もするよ」


「…してちゃおかしいよ」


ヘルスメンはタミィの記憶違いを優しく正した。


息子を心配するあまり違う“あくめ顔”と記憶が混濁こんだくしてしまうのも無理はない。


「そんなあの子が略奪なんて…」


「殺しはやってねえ」


「一緒さっ!」


「いいや、一緒じゃない」


ヘルスメンは強い口調で断言した。


「あいつは自分の意思で

 盗賊に堕ちたわけじゃない。

 故郷を、この村を、

 アンタを守るために仕方なく

 加担させられてるだけなんだ。

 だが、仮に強要されたとしても

 殺しだけは絶対に拒否しているはずだ」

「ジョゼは自分の中で線を引いてる。

 そして最後の一線だけは越えずに守っているんだ。

 世間の常識が『一緒だ』と主張しても、

 アンタだけは息子の考えを尊重してやりなよ。

 そうすればいずれ、きっと戻れる。

 あいつが無事帰ったとき、元の生活にな」


ヘルスメンは差し入れを渡した後、老師に殺された青年の墓に花を供えてからラエルの村を去った。


彼はジョゼの親友ではない。


ジョゼの事をそれほど理解しているわけではない。


人を殺していないというのはたまたま自分の見た短時間の情報で、実は既にその手を血に染めているかもしれない。


タミィを説得したのは言わばハッタリだった。


嘘を吐く事にためらいはない。


相手にとって必要な言葉だと思ったから。


さて。


さっそく動こうと思うが、どうしたもんか。


王都ネーブルに助けを求める事も提案したが、村の者たちはそれを拒んだ。


連れていかれた者たちも盗賊として討伐される恐れがある。


あの英傑王ダンテがそんないい加減な判断を下すとは思えないが、討伐隊の人間がどこまで忠実に動けるかを考えると確かに楽観視は出来ない。


だが村の人間が願ったところで波紋党の噂は広まっていく。


身内を庇う事はいつかはぶち当たる問題の先延ばしにすぎない。


長期的に解決しなければダンテ自ら出陣する事もありえるだろう。


…そう、波紋党の噂は確実に広まっていくのだ。


ヘルスメンには懸念があった。


もし、波紋党がわざと生存者を残し意図的に噂を広めているのだとしたら。


もしも老師の正体が彼の考える“最悪のケース”だった場合。



老師は三英傑ダンテが出向いてくるのを待っているのではないか。



ヘルスメンは波紋党について調査を進めた。


調べれば調べる程、老師の恐ろしさが分かる。


波紋党はラエルの村と同じ方法で仲間を増やし続けていた。


いや、仲間とは言えない。


波紋党は老師一人の独裁組織だ。


老師以外は故郷を人質に取られて仕方なく従わされている農民たち。


たった一人の怪物が恐怖政治を敷いて何十もの駒を動かしているのだ。


既に俺じゃどうしようもねえ。


もっと頭のいい奴に知恵を借りねえと。


ヘルスメンは異国の知人に連絡を取るためラルシダにやってきた。


そうして知人からの返事を待っているところだった。


…この男が現れたのは。

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