第38話 老師


一週間ほど前、ラエルの村は盗賊団に襲われた。


盗賊「団」、と言っても数はたった四人。


リーダーと思しきは小さな老人。


身長はタミィから見ても低いと感じるくらいなので、おそらく140センチ無い程ではないか。


仲間からは“老師”と呼ばれていた。


「この村の男手を貸してもらいたい」


開口一番、老師はそう言った。


「大人しく従えば危害は加えんよ」


自分の村が襲われたとあって血気盛んな若者たちが集まった。


日頃からもしものために自警団として準備していた男たちが十人弱。


息子のジョゼは自警団ではないが、彼らと共に戦うべく農具を手にしてタミィを守るように構えた。


先頭に立つ老師を村の若者が半円上に取り囲む。


老師は腰の後ろで手を組んで満足そうに笑った。


「ほうほうほう。

 なかなか活きがよさそうじゃ。

 これで全部かの?」


「ジジイ、俺たちも弱い者いじめはしたくねえ。

 いますぐ失せな。じゃねえとよ。

 言っとくがその歳じゃ、命の保証は出来ねえぜ」


自警団のリーダーが忠告する。


数で勝る相手を前に取り乱す様子もなく、老師は先程と変わらぬトーンで言った。


「従わなければどうなるか。

 教えなくてはいかんかの」


「ああ、教えてもらおうか!」


威勢のいい怒声とともに、一番腕っぷしの強い青年が老師に殴りかかった。


次の瞬間、タミィは懐かしい音を聞いた。


まだジョゼを生む前の若い頃、山菜を取りに山へと入った帰り道。


夕暮れ時に山道を踏み外し、斜面を転げ落ちた際に左肩を脱臼した。


その時によく似た音が響いた。


何が起きたのか、すぐには理解は出来ない。


ただ、老師が青年の肩に跨っていた。


青年の首が捻じれてこちらを向いていた。


その顔は何が起きたかを理解していないように、物言わず視線だけが彷徨っていた。


それもほんの数秒の事。


絶命した青年の身体は老師を乗せたまま崩れ落ち、ビクンビクンと数度痙攣したのちに動かなくなった。


その様子を見ていた村の者たちは凍り付いたように固まった。


自分たちの想定していたあらゆる未来を覆され、彼らの思考は停止した。


「いきりたつでない。

 村を守る方法なら

 最初に教えたとおりじゃよ」


いま、人間一人の命を奪ったとは思えない落ち着いた様子で老師が語りかける。


「この村の男手を差し出す事じゃ。

 逆らう者がいれば、一人ずつ…」


足元に転がるそれの背中を足で踏みつける。


「こうなってもらう」


すでに“それ”を人として扱わない、道端の邪魔な倒木でも転がすように蹴とばす老師に村人たちは戦慄した。


この老人は、自分たちと同種の生物ではない。


どこか別の世界から来た得体の知れない“何か”なのだ。


そんな恐怖が浸透していた。


「この村は“波紋党はもんとう”の支配下に置く。

 もしこの村の人間が

 波紋党に背くようなら」

「ここの人間を皆殺しにする。

 よいな?」


言い聞かせるよう静かに淡々と話を進めていく老師に、もはや闘志を燃やす者はいなかった。


老師が連れてきた三人が村から食料を集め、大きな背嚢はいのうに詰めて運んでいく。


自警団は老師に言われるがまま、盗賊団の男たちについて村を出ていく。


老師は最後尾につき、見送る村人の方を振り返った。


「そっちの坊やもおいで」


ジョゼの存在は、既に老師の目に留まっていた。


それもそのはずである。


十五歳の少年の身長は既に二メートル近くあった。


若さゆえにまだ細いが、日々農作業で鍛えられた逞しい肉体をしていた。


タミィはジョゼを抱きしめ、すがるような目で老師に懇願した。


「待ってください!

 この子はまだ十五で…」


「ほほう。それは有望じゃ」


老師は母の訴えなど意に介さずにっこり微笑んだ。

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