第33話 情報屋


フェラクリウスが戻る少し前。


彼を待つ間、カートは宿屋の店主に聞き込みをしていた。


「噂の盗賊団だよな。

 いや、この辺では見ないね。

 実害?もちろんあるさ。

 西から来る客がめっきり減っちまった。

 王都へ向かう旅人に向けた宿場なのに

 来るのは色町目的の人間だけだ。

 あんたオンファロスの軍人?

 早くなんとかしてくれよ」

「詳しい事はあいつに聞けよ、ヘルスメン。

 風俗大好きヘルスメン。

 覚えやすいだろ?

 娼館『パコフェス』の前で

 露店を開いてる商人さ」


二人は再び裏路地へと向かった。


昨晩、客引きの娼婦に罵倒された屈辱のあの路地だ。


「ええと…『パコフェス』ってあれの事か?」


目の前には「パコパコフェスティバル」という品の無い色使いの看板を掲げた娼館が建っていた。


もっとも、朝から営業しているわけもなく眠ったように静かだが。


店の前に立ち、フェラクリウスは臨戦態勢に入った。


「そういう事か、カート」


「あ?」


「ここで捨てろというのか。

 この俺に、童貞を…!」


「いや、全然違う。

 俺が探してたのは、多分そいつだ」


冷たく突き放したカートが指差したのは、パコフェスの横で露店を開いている男。


ケツの下に汚れた毛布を敷いてパイプをふかしているそいつは、帽子から靴まで一式真っ赤にそろえた異様な姿だった。


えんじ色の染料を塗りたくったストローハットの頂点は魔女のように尖がっており、あちこち破れたりほつれたりしている。


全体的に小汚い身なりをした男だった。


帽子で隠れて目元は見えないが、口元にニヤニヤと卑しい笑みを浮かべてこちらを窺っている。


「お兄さん、立派な旗竿はたざおだね。

 いらっしゃい。見てってよ」


赤い男は勇み足でつい隆起してしまったフェラクリウスの下半身を指差し、声をかけてきた。


カートが問いかける。


「商品はいい。

 ヘルスメンだな」


「よくご存じで」


変わった名だ。と、フェラクリウスは男に関心を持ったようだ。


それに返答する前に、ヘルスメンはゆっくりとパイプを吹かした。


火皿チャンバーからするすると立ち上る黒ずんだ煙越しに、ヘルスメンはご機嫌な調子で自己紹介を始めた。


「本名は非公表さ。

 皆は商売の神様と

 この健康的な身体にかけて

 ヘルスメンと呼ぶがね」


そう言うと外套をまくり、焼けた逞しい腕をポンと叩いた。


成る程、痩身だが引き締まったいい身体をしている。


だがカートはそんな彼の言い分を真に受けたりはしない。


「嘘つけ、風俗が好きだから

 ヘルスメンだって宿屋のオヤジが言ってたぞ」


「へへっ、バレちまっちゃあしょうがねえ。

 そうさ、俺は風俗大好きヘルスメン。

 その性欲は一晩に千里を走る、

 赤き種馬ヘルスメン!

 稼いだ金はすべて娼館へ。

 セクシーヘルシーいかがわしい、

 娼館獣ヘルスメン!」


浅っさい嘘を瞬時に看破されたというのに、ヘルスメンはまったく悪びれること無く自白した。


こういう厚かましさが商人には必要なのかもしれない。


「西の盗賊団について

 知っている事を教えてくれ」


カートの隣の変人も負けてはいない。


ヘルスメンの変わり身に一切動じることなく平然と会話を続けようとした。


「旅の方。俺ぁ商人(あきんど)だ。

 この意味がわかるかい?」

「取り扱っているものすべてが商品なのさ。

 この口から出る情報もね」


そう言ってヘルスメンは舌を出してポンポンと頬を叩いた。


その口から出る息の臭せぇのなんの。


カートは露骨に顔をしかめて首を引いた。


「アンタ臭いな。何吸ってんだよ」


「ヘルスメンオリジナルブレンドさ。

 買ってくかい?」


カートの方に突き出しされたパイプ。


煙草に漢方薬を焦がしたような異臭が混ざり、奥に微かにラムが香る複雑な匂いがした。


曰く、乾燥させた野草をラム酒に漬け込んで再度適度に乾燥させたもの。


葉タバコにかさ増しする事で節約になるという。


「なんの草だよ」


「土地土地で違う。

 こいつは東の山で摘んだ」


「こえぇ…。スス混じってるぞ。

 よくない草なんじゃねえの」


慣れりゃよくなるさ。


ヘルスメンは嫌がるカートを見て満足そうな笑みを浮かべた。

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