第29話 奇襲


裏路地は表通りに比べ薄暗く、各店の看板を照らす松明の明かり程度しかない。


フェラクリウスは夢中で前進するあまりどちらから歩いてきたか方角もわからなくなっていた。


「誰かに宿の場所を聞こう」


そう提案したところ、ちょうど暗闇から一人の中年女性がこちらに向かって歩いてきた。


あの女性に尋ねよう…とするも、声をかけるのをためらう程に険しい表情でこちらを睨みつけている。


「アンタ!さっきから何いやらしい目で見てるんだい!」


女性は開口一番フェラクリウスに罵声を浴びせてきた。


カートは突然の言いがかりに戸惑いはしたものの即座に反論しようとした。


「いやらしい目って…何言ってんだこのおば…

 あっ!」


言いかけ、カートは視界の端に捉えてしまった。


フェラクリウスの隆々りゅうりゅうとした男の幹を。


「なんだいッ!

 ちんちんこんなパンパンにしてサァ!

 こっちの方は持ってるんだろうね!」


女性は右手の親指と人差し指で輪を作り、マネーを意味するハンドサインを目の前に突き出した。


「いや…」


そう言いかけたフェラクリウスの胸倉を掴み、グッとひねり上げる。


身長差は五十センチ以上あったろう。


にも関わらず、女性は一切ひるむことなく二メートルの大男を怒鳴り飛ばした。


「無いのかいッ!?

 しょーもないねえ!

 汚らしい身なりして!!」


若く、気の強いカートがたじろぐ程に恐ろしい迫力だった。


「タダで抜こうとしてんじゃないよ!

 こっちゃあ商売なんだよ!!」


女性は夜の仕事の営業中だったようだ。


「ちゃんと稼いでおいで!

 あたしゃ“あんあんキャッスル”のキャシーだよ!!

 覚えたかい、キャシー!!

 ちゃんと指名すんだよ!」


更にキャシーはカートをキッと睨み付ける。


「アンタも!キャシーだからね!

 忘れんじゃないよ!!」


「えっ、俺もかよ…」


カートは委縮するあまり二の句が継げず、断る事すらできなかった。


それどころか突然の事に混乱し、軽く頭を下げてしまった。


これでは「その際はよろしくお願いします」という意味にとられてしまっても仕方ない。


ただ立ち尽くすしかない二人にキャシーは気のすむまで言いたい放題言って去っていった。

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