第28話 裏路地の罠


フェラクリウスはカートと同行する事になった。


こうなってしまえば二人は対等な関係である。


敬語はよせ。


それだけ取り決めて、二人はさらに西へと向かった。


途中いくつかの農村で盗賊団について聞き込みをしたが王都で聞く噂程度の情報しか得られない。


そうこうしている間に空は橙色とうしょくに染まっていた。


「この先に宿場町がある。

 少しペースを上げよう」


カートにうながされ道を急ぐ。


街についた頃にはすっかり夜になっていた。


にもかかわらず、ところどころ明かりが灯っている。


あちこちから男たちの騒ぐ声が聞こえてくる。


この活気ある宿場町は「ラルシダ」というらしい。


「随分にぎやかだな」


フェラクリウスにとっては意外だった。


西へ行くほど人々は飢え苦しんでいると思い込んでいたからだ。


「西から来る街道沿いでは一番でかいからな。

 裏路地には娼館が立ち並ぶ通りがあって

 そこ目当ての旅人も多い」


「えっちな店の事か?」


自然とフェラクリウスの声が大きくなる。


「まぁ、宿場には少なからず

 需要があるからな」


「えっちな街って事か」


「…語弊があるけどな」


この国で売春行為は違法では無い。


立派な職業として成立しており、男女問わず自ら生業として選択した者が従事している。


ショーカン。


なんと甘い響きであろうか。


“娼館”である。


字面一つとってもいやらしい。


SHOW KAN。


たまらない。


その響きは童貞であるフェラクリウスの脳を溶かし心臓を揺らし、鼻孔を膨らませた。


それでも彼は決して目的を見失いはしなかった。


聞き込みは明日からという事で、ひとまず宿を探す。


フェラクリウスが先行し速足で進んでいく。


しばらくして前を歩くフェラクリウスの異変にカートが気付く。


「…待て、フェラクリウス。

 さっきから裏路地の方に進んでないか?

 宿が並ぶのは表通りだぜ」


その言葉にハッとさせられた。


フェラクリウスは自らの足が自然と風俗街へ誘われている事を知った。


なんという事だ。


ゴクリ…と、生唾を飲む音が響いた。


フェラクリウスはその不思議な魔力に戦慄した。


この生唾の意味は決していやらしい意味ではない。


「…気をつけろよカート」


眉間にしわをよせた険しい顔でフェラクリウスは周囲を警戒した。


「一歩間違うと捨てたくもない場所で

 童貞を捨てる事になるぞ…!」


カートは“先輩”の忠告にまるで危機感の無い、呆れたような表情を見せた。


「いや、俺別に童貞じゃないけど…。

 え…?フェラクリウス、あんた

 童貞なのか?」


危機感が強く出ている彼の表情から、カートはそれに気付いてしまった。


「意外か?まあ、そうだろうな」


「いや別に…、あっ。

 その、あんたくらいの歳で童貞のおじさんも

 今日日きょうび珍しいもんでもないって意味でな」


カートはすかさずフォローを入れた。


こういう話はデリケートな問題の可能性もある。


相手を傷つけぬよう発言は慎重に選ばなくてはならない。


例え話題を振ってきたのが相手であっても。


フェラクリウスは張り詰めた表情で再びカートに忠告をした。


「うっかりイチモツを持っていかれないよう

 気を張れよ」


「かみなり様じゃねえんだからよ…」

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