第26話 指導


カートの構えからの「袈裟懸けさがけ」はもっとも自然に剣が出る、合理的な攻撃だった。


故に予測しやすく、軌道も読みやすい。


そのうえ身体の余計な部位に力が入っているため筋肉の連動が上手くいかず、逆に力が分散してしまった。


その隙をフェラクリウスが見逃すはずもない。


かついだ剣が振り下ろされる寸前。


身をかがめ、相手の懐に放たれた矢のように鋭く潜り込み左前腕と胸倉を掴むと背負うようにぶん投げる。


柔術と呼ぶにはあまりにも乱暴に、腕力と体格差で無理やり引っこ抜いた。


投げ終わりには勢いと高さを調整して足から落としている。


緩めずに頭や背中から地面に叩きつければ、カートの命は無かっただろう。


投げられた当人には何が起きたのかさっぱりわからなかった。


一秒前に相手に斬りかかったはずが今は澄んだ青空を見上げて寝そべっている。


カートはバッと上半身を起こし自分を投げた相手を見た。


フェラクリウスは先程と全く同じ姿でこちらを見下ろしている。


「満足か?」


その問いかけに、青年はまだ状況を飲み込めていないような呆然とした表情で答えた。


「ああ…。

 …参った」


その言葉を口にしてようやく敗北の意味が染み込んでくる。


威勢よく喧嘩を売っておいて、何も出来ずにやられた。


蝿を払うようにあっという間にいなされた。


フェラクリウスはカートに歩み寄り手を貸して立たせた。


じっと黙っていたカートはやっとの事で絞り出した。


「弱いか?俺は…」


「なんだ、今度はどうした」


「……」


フェラクリウスはその問いに聞き返したが、カートは唇を噛み締めて答えなかった。


何か思うところがあるのだろう。


「…カートと言ったな。

 厳しい事を言うようだが

 その辺の連中に比べて弱いかどうか、

 あれだけじゃあ測れない」


二人の力量に差がありすぎたという事だ。


カートは自分の実力を何一つ示せていなかった。


「馬上での所作から

 運動神経が優れているのはわかっていた。

 よく訓練を積んでいると思う」


だがそれはあくまで基礎身体能力の話であり戦士としての優劣を決めるにはほんの僅かな要素でしかない。


先程の攻防に関して細かい欠点はいくつか見られたと前置きをした上で。


「もっとも重要な欠点を指摘するならば」


フェラクリウスは声のトーンを落とし、カートの目をじっと見据えて言い放った。


「甘い」


その言葉に、カートはハッと顔を上げた。


心のどこかで感じていた自分の欠点をずばり言い当てられたようだった。


「お前は人伝ひとづてに俺の話を聞いて

 どんな人間かもある程度

 把握していたのだろう」

「だがな。

 合意の無い相手に刃を向けた時点で

 お前は殺されてもおかしくなかった」


「うっ…!」


「俺も殺生は好まんが

 やむを得ない状況になったら手加減は出来ん」

「お前がもっと強ければ、

 俺は自分の身を守るために

 …お前を殺していただろう。

 自分が死ぬことまで想定して剣を抜いたか?」


それはもはや指導であった。


頭に血が上っていたとはいえ、フェラクリウスに斬りかかったのはあくまで脅しで、抵抗しなければ寸止めするつもりだった。


だが刃を向けられた相手にはそんな事はわからない。


斬られると思ったら誰だって抵抗する。


カートはがっくりと膝から崩れ落ちた。


無理もない。


意気揚々と戦いを挑んで返り討ちにされた。


そのうえ自分自身の弱さが故に命拾いしていたなんて、こんなにみじめな事は無い。


彼の絶望した様子を見かねたフェラクリウスはささやかな助言を加えた。


「そう悲観することは無い。

 若いうちは失敗を経験するもんだ。

 幸い、怪我も無く無事に済んでいる。

 この経験を次に生かすんだな」


情けから出た言葉ではない。


自分自身、過去の経験から学んだことを伝えているのだ。


「とりあえず、お前さんはもう少し

 実戦経験を積んだほうがいい」


言い方こそ厳しいが、彼にとって最も必要な助言をフェラクリウスは送った。

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