第25話 軍人カート


場面は戻り童貞盗賊団と別れた後。


フェラクリウスは西へ向かっていた。


人と、馬と、車輪によってしっかりと踏み固められた街道を行く。


太陽が昇り切るまでにはまだ時間がありそうだ。


時間に限りがあるわけではないが、苦しむ人がいる以上なるべく早急に解決したい。


そう考えると自然に速足になる。


ふと、後方からひづめの音が聞こえた。


こちらに近づいてくる。


フェラクリウスは道を譲ろうと街道の脇に避けた。


だがその馬は次第に減速し、フェラクリウスのすぐそばで停止した。


馬上の男は純白の軍用コートを纏っていた。


おそらく階級の高い身分なのだろう。


軍人はひらりと軽い身のこなしで馬を降りるとこちらへ歩み寄ってきた。


「よう、見つけたぜ」


声をかけてきた軍人は思いのほか若く、整った身なりをした青年だった。


背丈は180センチ程だろう。


短くツンと逆立った金色の髪に日に焼けた健康的な肌。


男らしい眉に気の強そうな眼差し。


「アンタがフェラクリウス…だな」


青年はそう言って、フェラクリウウスの右腕を差した。


「腕にパンツを巻いた2メートルなんて

 世界中どこを探したって他にはいない」


質問には答えず、フェラクリウスはじっと相手の様子を伺っていた。


それは肯定の意思を示していた。


「俺はカート。見ての通り軍人だ。

 ちょいと立ち合ってもらうぜ」


カートと名乗った青年は早速と言わんばかりに腰に差す剣に手をやった。


だがフェラクリウスは彼の挑戦を受けなかった。


「いいや、立ち合う気は無い」


相手と真正面に向き合い、きっぱり否定する。


毒気を抜かれたようにきょとんとするカートに対し、フェラクリウスはさらに続けた。


「理由も無しに戦うつもりはない」


まいったな…。


小さな声でそうつぶやいたカートは苦笑したまま腕を組んで大きなため息をつくとそのまま黙り込んでしまった。


何やら考え込んでいるように見えたが、数秒の後には口を開いた。


「わかったよ。諦めよう。

 …同意の上での決闘はな」


含みのある言い方をしたカートに、フェラクリウスは警戒を高めた。


「通り魔に襲われた。

 それなら戦う理由は十分だろ?」


そう言って不敵に笑う。


どこかで見たような自信に満ちた笑顔だった。


「…やめておけ。

 結果は見えている」


フェラクリウスが諫めるも、青年は聞く耳を持たず剣を抜いた。


刃渡り目測90㎝ほどのロングソード。


扱いやすい薄く軽い刃。よく見る、軍で主流の刀身。


カートは右足を一歩引き、斜に構えて剣を顔の高さに掲げた。


地面に対し垂直に近い角度で立て、右打ちのバッターのようなフォームで構える。


日本剣術で言う「八双」、西洋剣術なら「屋根」に近い構えを取った。


「…どうなっても知らんぞ」


フェラクリウスはやれやれと首を振り、改めてカートと向かい合った。


正中線を正面に向け、仁王立ちして相手を待つ。


全身の力を抜き、腕はだらんと下におろしたままである。


フェラクリウスの意思はすぐに相手に伝わった。


好きに打ち込んで来いと言っているのだ。


これにはカートもムッとなった。


なにしろフェラクリウスは構えていないどころか剣すら抜いていないのである。


完全に見下されている。


腕に自信のあったカートはその屈辱感から剣を握る手に力が入った。


自然と肩が張って構えが大きくなる。


筋肉が緊張しているのがよくわかる。


挑発して決闘を受けさせるつもりが、いつしか逆に煽られる立場になっている。


相手を揺さぶる意図があったわけではないが、そういった心情の変化による戦闘への影響がフェラクリウスにはすべて視えていた。


カートは右足で強く踏み込み、渾身の力で剣を斜めに振り下ろす。


次の瞬間、カートはこの世界から重力が消え去る感覚を味わった。


視界に映る景色は天地が逆転していた。


彼の身体は宙を舞っていた。

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