第22話 闇から光へ
数分後。
五人の若童貞が一人の大童貞に正座させられていた。
悪党はフェラクリウスによって成敗され、村を襲う犯行は事前に阻止された。
「すみません、俺たちが間違ってました…。
俺たち、盗賊なんてやった事無くて…」
真ん中で肩を落とす頭目の青年が涙を浮かべながら反省を口にした。
「本物も見た事なくて、
盗賊の決起集会ってこんな感じなのかなって
凄い、気持ち入っちゃって…」
聞けば村の同世代の青年たちが集まって結成した盗賊団だという。
彼らはまさしく不作のあおりを受けた者たちだった。
小麦色の肌に引き締まった肉体。
かつては真面目に農業に勤しんでいたのだろう。
作物が取れなくなり賊に身を堕とす者は多い。
そういった道を外した者たちが食料にありつき、真っ当に働く自分たちがひもじい思いをする。
そんな理不尽に対する不満もあったのだろう。
そのうえ、彼らはみな童貞だった。
盗賊にはいわゆる「ヤリチン感」がある。
奴らは皆一様に「ヤリチン顔」をしていた。
「ヤリチン顔」で「ヤリチン感」を演出してくる。
田舎者丸出しの小太りな芋坊主でさえ盗賊堕ちした途端、斜に構えたシニカルな笑みを浮かべ「まだそこ?」みたいな視線を向けてくる。
そういうの本当にむかつく。
そいつが「嘘ヤリチン」の可能性は十分ある。
だが「不良に童貞はいない理論」も手伝いコロリと騙されてしまうのだ。
童貞が憧れを抱いてしまうのも無理はない。
フェラクリウスにも彼らの理屈自体はわからないこともない。
それでも、人を傷つけて童貞を捨てようなんて輩を見逃す事は同じ童貞として出来なかった。
まして、まだ若い青年。
この先真っ当な道で童貞を捨てる希望はいくらでもある。
「盗賊なんぞ一時しのぎにしかならん。
仮に上手くいったとしても、
いずれは衛兵団に討伐される。
一度賊に身を堕としたら
そうカタギには戻れんぞ」
フェラクリウスの言葉を痛感しながらも、青年たちは苦しそうに反論した。
「だけど俺たち、
今さら村には戻れません!」
「ならば王都に行け」
「!!」
「この国の衛兵団は人員を求めている。
お前たちも人を傷つけるのではなく
人のために働いて糧食を得てはどうだ」
うなだれていた若者たちの顔が徐々に上向きになってきていた。
「一度は賊に身を堕とした俺たちを
衛兵団が雇ってくれるでしょうか…」
「お前たちは盗賊ごっこで遊んでいただけだ。
誰も傷つけていない。
そうだろう?
事情を正直に話せ。
ダンテなら必ず何とかしてくれる」
五人の男たちを秒でねじ伏せ、三英傑の一人でもある国王のダンテを当然のように呼び捨てにする。
「あなたは一体…何者なんです?」
「…心を入れ替えて国のために尽くせ」
フェラクリウスは質問に答えずに続けた。
「そしていつかは
女性の方からえっちさせてくれと
望まれる男になれ!」
「!!」
目からうろこが落ちたようだった。
女性にまるで相手にされず卑屈になっていた彼らは相手に媚びる事しか頭になかった。
童貞を捨てるもっとも近い方法。
いい男になってモテればええんや!!
「ありがとうございます!」
盗賊堕ちを選んで腐っていた若者たちの目はいつしか輝きを取り戻していた。
ムラムラして村を襲う算段を企てていた頃の屈折した感情ではない。
闇の性欲から光の性欲へ…。
真っ直ぐな想いが彼らを突き動かした。
「よおおし野郎ども!
王都に行って童貞捨てるぞお!!」
うおおおおおおっ!
街道を東に向かって走り出す青年たち。
モテる。
それはある意味もっとも険しい道と言える。
女性から誘ってくる状況なんて、童貞の妄想が生んだ夢物語なのかもしれない。
だが、若く行動力のある彼らに不可能など存在しない。
モテようという心意気が彼らを変えてくれるはずだ。
おもむろに坊主頭の青年が一人立ち止まり、フェラクリウスの方を振り返った。
「おじさんみたいに強くなれば…
ぼくも童貞を捨てられますか…?」
童貞坊主は餌をねだる子猫のようなつぶらな瞳をフェラクリウスに向けた。
「それは…」
フェラクリウスは言葉に詰まった。
しかしすぐに前を向き、力強く断言した。
「捨てた者にしかわからない」
それは自分自身に言い聞かせたのかもしれない。
疑問に答える事は出来なかった。
だが童貞坊主にも彼の目の輝きは確かに伝わっていた。
「自分の根で確かめて来いという事ですね!
わかりました!
ぼく、やります!きっと、やりまくります!!
ありがとうございました!!」
童貞坊主は深くお辞儀をして前を行く仲間を追いかけていった。
若者たちの背中を見送りながらフェラクリウスはふうとため息をついた。
歳のせいというわけではないのだが、どうも説教臭くなってしまう。
フェラクリウスは自分の性分を恥じた。
そう、彼もまた道半ば。
発展途上、未経験。
先っぽの青いさくらんボーイ。
―ゆえに伸びしろは十分。
未熟は罪では無い。
フェラクリウスは無限の未来に向かって今日も歩き続けてゆくのである。
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