第19話 男たちのせいぎ
「また俺と戦ってくれるか」
ふいにダンテが呟いた。
一瞬何を言い出すのかと不思議そうな顔をしたフェラクリウスだったが、意味を理解すると呆れたようにため息を吐いた。
「…ムチャ言うな。
お前の方が強いのはわかりきってる」
やれやれ、とフェラクリウスはだるそうに両手で濡れた前髪をかき上げる。
「勝ったのはお前だぜ」
「俺は隙をついただけだ。
まともにやったら勝ち目はなかった。
油断の無い百パーセント全力のお前にゃ敵わないさ。
だから勝ち逃げだ」
「買い被ってくれる。
こっちが全力なら、それこそ勝敗はわからないんじゃないか?」
買い被ってるのはお前だよ。
そう言ってフェラクリウスは話を切り上げようとした。
ダンテは少し困ったような顔をしたが、包帯で覆われた左手を掲げると真剣なまなざしでそれを見上げた。
「いつかでいいんだ。
お前が満足するまで…この先、もっと強くなった後でもな。
俺もまだまだ腕を磨く必要があるとわかった。
男として、負けたままじゃあ
引き下がれないからな」
押しの強い男だが、気持ちは理解できる。
きっと逆の立場だったとしても、自分もそれを望んだだろう。
そして逆の立場だったとしたら、ダンテはそれを受け入れるだろう。
「…そうだな。
俺も楽しみだ」
何より、フェラクリウス自身が心の底では勝ち逃げを望んでいなかった。
もっともっと強くなり、この男の全力に挑みたい。
そう思わされてしまっていた。
フェラクリウスの答えに満足したのか、ダンテはにやりと笑って見せた。
釣られてフェラクリウスも思わず笑みを浮かべた。
「…フェラクリウス、折り入って話がある」
しばしの沈黙の後、ダンテがかしこまって切り出した。
「近頃この国の西で
ある盗賊団が規模を拡大しているらしい。
なんでも敵対した同業者を倒し支配下に加えてるって話だ」
「ほう…」
「こいつらは情報を外に漏らさず
全貌がつかめない。
正確な規模も…目的も」
「ただの盗賊団じゃないな」
通常盗賊団はそこまで人数を増やす必要がない。
村を襲えるだけの戦力があれば十分であり、それ以上人数が増えると個々の取り分が減っていく。
また、目立つほどに軍が動いてくる危険性も増える。
敵対する盗賊のような信用できない奴らは殺してしまえば済むだけである。
味方に引き入れる必要などないのだ。
にもかかわらず奴ら戦力を増やしているという事は。
「反乱か」
フェラクリウスの推測にダンテは頷いた。
「可能性は十分に考えられる。
調査中だが
俺自ら討伐に向かいたいところだが
ようやく食糧難が改善されそうな今
城を空けるには明確な理由が必要になる」
「王とはそういうものだろう。
相手の目的もわからないまま城を空けるべきではない」
「ああ、そこでだ。
敗者である俺に頼める筋合いは無いが…」
「ならば友として頼めばいい」
言葉を遮るように、フェラクリウスは力強く言った。
ダンテは意表を突かれたように目を丸くし、それからゆっくり微笑んだ。
「…ありがとう、フェラクリウス。
友として頼みたい。力を貸してくれ」
「わかった任せろ」
皆まで聞く必要はない。
彼は既にやると決めていた。
「王を怪我させちまった
責任もあるしな」
フェラクリウスの皮肉めいた冗談に、ダンテは思い出したように包帯を巻いた左手を見た。
チェッと舌打ちをして、ダンテは笑った。
「…もっと早く、お前と出会いたかったぜ。
こんな奴がいると知ってりゃ
どこにだって会いに行ったのによ」
「仕方ない。三十年以上、
一度も村を出たことがないからな」
「なに…?それまでいったい何を?」
「“性戯”の鍛錬さ…」
「“正義”…か。
そんな青臭い言葉を面と向かって使ってくれる男は
何年振りだろうか…」
「敢えて口に出すもんじゃないだけだ。
男はみんな、奥底で“性戯”を想っている」
「…そうかもしれないな」
正確な意味は伝わらなかったが、二人の認識はニュアンスで通じ合った。
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