第18話 悔恨の英雄
案内された「王族専用の浴室」は広く立派なものではあった。
だが造りに対して内装が地味でややちぐはぐな印象を受ける。
聞けば以前の城主が使っていたという。
ダンテも警備上の都合で使ってはいるが、実用性を求める彼には権力を誇示するようなゴージャスな風呂は合わないらしい。
浴槽から湯を汲み、汗を流す。
ここでもフェラクリウスは、ダンテによって期待を裏切られた。
フェラクリウスが思う“ええケツ”とは、滑らかでぷりんとした肉付きのいい、立体的で曲線的なシルエットの“キュートヒップ”だった。
しかしダンテの尻はそれとは真逆の、ごつごつして直線的で筋張った、いかにも硬そうな“臀部”だった。
浅黒い肌が陰影にグラデーションを点け、短距離ランナーのような逞しさを際立たせた。
…成る程、ええケツだ。
それはフェラクリウスにとって新しい価値基準であった。
ダンテの尻は彼一人では辿り着く事の無かった、新しい“美”の発見へと導いてくれた。
二人は浴槽に浸かりながら互いの身の上について話した。
普段滅多に自分の話をしない(と、自分で思っている)フェラクリウスだが、自然と会話が続いてしまう不思議な魅力がダンテにはあった。
「フェラクリウス。
お前、生まれはどこだ?」
「ここから遥か北にある…
名もない小さな村だ」
「へえ、じゃあ雪国か」
「雪はいい。
すべてを包み込んでくれる。
体の猛りも…童貞も…」
「童貞?お前童貞なのか?」
「チッ…余計な事を言っちまったかな」
フェラクリウスはつい口を滑らせた。
つい口を滑らせてしまう不思議な魅力がダンテにはあった。
「なんだ、彼女が欲しいなら紹介するぞ。
この国には魅力的な女性がたくさんいるからな!
お前のように強く義侠心のある男が好みの娘も多いだろう」
ダンテの甘い言葉がは瞬時に鼓膜から神経を通じ、フェラクリウスの脳に突き刺さった。
脳から興奮性の神経伝達物質が決壊したダムのようにドバドバ放出されて顔じゅうの孔から零れそうになる。
だが童貞を捨てる日を夢見て旅しているフェラクリウスも、ダンテの提案に即座に飛びつくようなみっともない真似はしなかった。
「…必要ない。
別に焦ってるわけじゃあない。
こういうのは星の巡り合わせだからな。
焦らずとも、旅を続けていればいずれまみえるさ」
甘い誘惑であっても男らしく跳ね除ける。
さらにフェラクリウスは続けた。
「だがもの凄いえっちなお姉さ…」
「まったく頑固だな、フェラクリウス。
だが真っ直ぐで男らしい奴だぜ。
余計なことを言ってすまなかった、忘れてくれ」
フェラクリウスは一旦格好つけた事を悔やんだが、既に後の祭りであることを悟ってそれ以上は何も言わなかった。
ただうつむきぐっと目を閉じ、下唇を噛んでダンテからの賛辞を聞き流していた。
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