第11話 餞別


この国の中央に位置する王都、ネーブル。


中心部にオンファロス城がそびえ立つ。


街全体が巨大な壁で覆われた城郭都市である。


城門をくぐり古い町並みを進むと市場があった。


人で賑わっているが、想像ほど悲観的な顔をした人間はいない。


飢餓に苦しみ倒れている者もなく、食料を得ようと必死で交渉する民たちの怒声はむしろ活気づいているようにすら見えた。


早い地域では今年の収穫が始まっている。


今まさに食糧難から抜け出そうとしている最中なのだ。


国民は希望を持ち、前を向いて生きようとしているのだろう。


いい街だ。


フェラクリウスは感心した。


ふと横をみると活気ある市場でただ一人浮かない顔をする少女がいた。


「…怖いのか?」


「いや…親に合わせる顔、無いなーって」


シオンはバツが悪そうに苦笑した。


「ついて行こうか?」


「い、いやそれは…」

(余計心配かけそうだし…)


どうにも煮え切らないシオンに、フェラクリウスは励ますように続けた。


「嫌なら帰る必要はない」


「え…?」


「生きる道はいくらでもある。

 自分のやりたいように

 やってみればいい」


「…う、うん」


「ただし。もしまた

 道を外しそうになったときは…」


フェラクリウスはそう言ってシオンの頭に優しく手を添えた。


「その前に俺を頼れ。

 何度でも力になろう」


シオンの頭をくしゃくしゃと撫でるとまた黙って歩いていこうとした。


シオンは慌ててその背中を呼び止める。


「あっ、あのさ…」


「…ありがとう!

 もっと早く、言わなきゃいけなかったんだけど

 なんか、タイミング逃しちゃって…」


フェラウクリウスは黙ったまま、しかし少しだけ口元が微笑んだように見えた。


シオンはそうだ、と何かを思い出し鞄から昨日受け取った包みを取り出した。


「…これ、やっぱり返すよ」


大金の包みをフェラクリウスに差し出すと、シオンは彼を見上げてはっきりとした口調で思いを伝えた。


「私、家に帰る。

 自分のやりたいこと、ちゃんと親に話して

 迷惑かけないように自分で稼いで、

 食っていけるようになる」

「ほら、人に頼ってばっかりじゃ、

 いつまでも強くはなれないだろ?」


まぁ、本当に困ったときは、また頼りにさせてもらうかもしれないけどさ。


シオンはそう続けると照れくさそうに笑った。


「…そうだな」


悩みは振っ切れたように見える。


フェラクリウスは安心して包みを受け取った。


それをバッグにしまうと、今度は薄布を取り出した。


「じゃあこいつは餞別だ」


シオンに無理やり握らせたそれは先日パンテェ村で購入した高級パンティーだった。


「こんな高そうなパンツ…

 なんでアンタが持ってんだよ!」


なんだかいい感じのお別れをしていたはずなのに。


シオンは困惑した。


「それは俺が世話になった村で

 譲ってもらったもので、

 職人による手織りのパンティー…

 いや、パンテェというべきか。

 俺にとって大切なものだ」


「なら自分で持ってりゃいいじゃん!

 私、おっさんに貰ったパンツ履かないし!」


「止血に使うにゃもったいない上等品だからな。

 なんだかんだ言っても、履いてもらう事こそ

 パンティーの本懐だろう」


フェラクリウスは遠い目をしてパンテェ村の老婆の話を思い出していた。


やはり、パンティーは女性が履いてこそ本来の価値を発揮するのだ。


「履かないっての…。

 …なんなんだよアンタ…。

 言ってる意味はよくわかんないけど…その…ありがとう。

 …これ、おっさんが履いたりしてないだろうな」


「未使用だ。

 譲ってしまえば持ち主はお前だ。

 煮るなり焼くなり好きにして構わない。

 だが願わくば…作り手の想いを汲んで

 大切に履いてやってほしい」


「煮ないし焼かないし、履かないよ…」


「じゃあな」


「おいおっさん!」


呼び止めるシオンの声に振り返りもせず、フェラクリウスは人込みを割いて去っていく。


「ありがとう!おっさんも元気で!!」


フェラクリウスは背中越しに黙って右手を挙げた。


彼の本当の目的はこれからなのだ。


女性から離れていくにもかかわらず、下半身の高ぶりは鎮まりはしなかった。


それどころか、気持ちが高揚していく。


心臓が燃え上がるかのように胸が熱く高鳴り、全身に沸血が巡ってゆく。


ええケツ…やってやる。


フェラクリウスは心身ともに臨戦態勢へと移った。




次第に小さくなっていく大きな背中を見送る間、シオンは少し名残惜しい気持ちになっていた。


男性としての魅力は皆無だったため惚れたりするような事は絶対に無いと断言出来る。


だが、シオンは彼に強く優しい大人への憧れを抱いたのかもしれない。


その後ろ姿が完全に人波に消えると、シオンは餞別の事を思い出し我に返った。


もう一度パンティーを広げてみる。よく見ると、股間のところに穴が開いたオープンクロッチタイプだった。


「…履けねぇー…」


思い入れこそ出来たものの、一時でもおっさんが所有していたパンティーを握りしめたまま頭を抱えた。

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