第23話 撤退戦

◆◆◆ 23話 撤退戦 ◆◆◆



「ひぃ!」


 一声上げると後ろへと下がりだす兵士に向かって、知らない何モノかが声を上げた!


「キシャアアアア!」



 先が見えない横穴から出て来たモノは全身緑色のモノで、前の手で兵士が振る先端を切られ緑色の液体を出しているが、反対の腕で兵士を押え次に出て来た手で抱き寄せ、前に付いていた大きな口で一気に首筋に噛みつく!


ブシャ――――!


動脈を斬られたか、血しぶきが天井まで跳ね上がり痙攣する兵士を四本の腕で抑え込んだ!


「下がれ!」


叫ぶと同時に前でやられそうになっている化け物に向かって走る!



そいつは四本の足で方向転換しながら俺に向かって左側の腕二本を出してきた!


ザッ! ズバッ!


遅い!


反射神経ごと進化した俺には遅いスピードで繰り出される腕を途中の節で切り落とし、体の左側に並んでいるハンドボールクラスの複眼に向かって大鉈を横一閃する!



「ギイイイイイイ」



これは悲鳴なのか?三つほどの複眼を切り割き、防御態勢なのか身体が下に沈んだ瞬間、兵士を噛んでいた口辺りに大鉈を振り下ろす!


ドシュッ!


上手く節の隙間に斬り込んだ大鉈は、幾つもの牙がある口ごと地面に落ち、噛んでいた兵士を手放した!


化け物は完全に俺を狙って左へと回転するが、俺も右の切り割いた複眼の方へと回り込み、連続して足の根本から左足を切り落とす!


 足の長さは約1.5m!本体の長さは頭と体との間がくびれているが1mはある!

その若干柔らかそうな身体に左手で抜いたグロックの安全レバーをOFFにして、フルオートになったままのマシンピストルを至近距離で優しく撃つ!



バラララララララララララ


軽い反動を感じながら外しようも無い距離で周りながら9mmパラを全弾打ち込んだ!


体液を撒き散らしながら回転するしかない化け物に、銃を捨てて両手で握った大鉈を真横に一閃!

大きな頭の部分を半分程度まで食い込んだ大鉈が体液と共に振り抜いた!


ドロドロと出て来る体液。

無傷の右足をめちゃくちゃに動かしながら回転している化け物を後ろに下がって警戒する。


その動きは徐々にゆっくりになり、そして完全に止まる。



「死んだか?」


俺に斬られた左足が無い為、左に傾いたまま動かない化け物を暫く見ていた。

どう見てもクモ。

それも巨大な地蜘蛛。蠅取りクモやタランチュラの様な系統を大きくしたような化け物だった。


一瞬で叩き斬れるように大鉈を上段に構え、ドクドクと血を流す兵士に近寄り、ズボンを握って引きずり出した!



「誰か救護班を呼べ!」



 実戦経験も無く、奪った命はスライムとサソリだけの兵士は、この巨大な化け物クモにビビリ、後ろへと後退していた。


しかし、そこは毎日の訓練を積んだ兵士。俺の一言で一人が入り口に向かって走り出し、墓の兵士は背中のリュックから救急セットを取り出し止血を試みだした。



 勢いよく出ていた血も流れるように弱くなっていた。

血液の総量は体重の1/13だったっけ、大量出血は1Lも出ると危ないと聞くが、確実にそれ以上の出血をしている。


ガーゼなどを当てられ止血しようとしているが、人間の指よりも太い牙でやられた穴は絶えず血を吐き出していた。


そして今になって心臓がバクバク鳴り、手足が小刻みに震えていた。


俺はただ黙って回りを警戒するしか無く、今までと違う化け物に恐怖していた。




救護班とストレッチャーが暫くして到着し、続いて分析班とみられる兵士達四名が到着した。



「探索は続行との事です。この生物は後で持って帰りますのでこのままで宜しいです」


「続行か」



 俺は落ち着いてからこの化け物を倒す手段を考えていた。

3m程度のトンネル一杯に広がる大クモ。逃げ場などある訳が無い。

すり抜けられる事も出来ず、正面から向かうしかなかった。


俺は倒して動かなくなった大クモに近寄り、分析班を掻き分けクモの頭を見る。

この正面からやれるのか?

さっきは兵士が囮になり、横穴から出て来た所だったので、横に付いた足を斬る事が出来たが、次は確実に正面からのはずだ。


チタンの剣を抜き、頭目掛けてコツンと叩いてみる。



「検体に触るな!」


突然大声で分析班に怒鳴られた。



「はあ?お前敵の弱点も知らされずに俺に特攻を掛けろと言うのか?あ?言って見ろよ!」


「何だ貴様、その口の利き方は!米軍所属だろうが素人が口を出すな!」


「その素人を先に行かせるのはどう言う事だ?てめえが先に行って素人の俺にお手本を見せてみろよ。顕微鏡相手にしている奴が口を出すな!」


「貴様!上官に向かって暴言を吐いたな!」


そいつは俺の胸ぐらを掴み俺よりも少し高い位置から見下ろしてきた。



「どこにでもクズはいるもんだな。御国の後ろ盾が無ければチンピラに成り下がる癖に、集団になると力も無いくせに粋がる奴が」


「なにお!」


掴んだ胸元を上に引き上げようと力を入れて来た。



「今の俺は米軍所属。てめえの命令を効く訳ねえだろ。それにこの場所は俺の家の敷地だ。邪魔するなら排除する!」


「クッ!」


眉間に皺を寄せた三十代半ばの男は、研究班の癖にバカ力を出して俺の胸ぐらを掴んで持ち上げてきた!



「排除する」



ゴキッ!


男の右手首を軽く握った。

手の平から骨が折れる感触が伝わり、男が悲鳴を上げる。


「うぐッ!」


力が抜けた瞬間、俺は男の後ろ襟を掴み、そのまま大クモ目掛けてぶん投げた!


横に割れた頭の部分にぶつかり下に落ちる。頭から流れた薄緑の体液に塗れ、それを確認すると、手首が折れているのも忘れたのか、デスロールのように回転しながら飛び出て来る!


「研究が仕事だろ!仕事をしろよ!弱点を教えろ!ああ!何か言ってみろ!俺に命令すんじゃねえ!」


何度も這い出てくる男を掴んでは投げ、掴んでは投げ、最後は頭を握って大クモの頭に押し付けていた。




「動くな!」



後ろから叫ぶ声と張り詰めた空気を感じ、俺はゆっくりと振り向いた。


そこには同じ研究班の男が両手で銃を握り、俺に向けていた。



「お前は俺の敵か?」


「離れろ!」



「答えろ。お前は俺の敵なのか?」


「動くな!」



「誰に銃を向けているのか分かってるのか?」


「動くなと言ってる!」



「意味が分かってやってるのか?」


「黙れ!」



銃口がプルプル震えていた。

何かの映画か何かで見た事がある。

弾は銃口から一直線にしか出ないと。



 俺は左に一瞬だけ動きフェイントを掛ける!

それに釣られて銃口が左に向いた瞬間に一気に右前へと動く!



パンッ!



撃ちやがった!


フェイントが成功した俺は、左手で腰のチタン剣を抜き様に銃を持っている右手首を切り上げる!


音も無く宙を舞う銃を持った手首!


手首を斬られた事を理解した男は、無くなった手首を目で追うが、その間も動いていた俺は、壁を足場にして宙へと飛び、男に向かって右からの蹴りを放つ!


右腕越しに身体にめり込んだ男は壁へと当たり、静かにずり落ちてくる。



「銃を撃ったんだそれ相当の反撃は予想してんだろ。手首だけで済むと思うな」


「なッやめッ!」


意識朦朧としていた男に詰め寄ると、俺は量肩を握った。



「無力化させてもらう」



バキッ!


「うあ゛あ゛あ゛あ゛」


肩の次は膝、そして足首を握力で潰して行く。

反撃されないように、そして二度と歯向かう事の無い様に徹底的に精神を折る!ついでに骨も。


「次の仕事を探した方がいいぞ」


最後に握手をするように手の骨を全て折る!



「うぎいいいい!」



痛みで動けない男を放置し、呆然と俺を見ている残った研究班と、先頭で集団を張っていた兵士達に言う。



「これは全て正当防衛だ。全てこいつらが先に手を出した。警告もした!最後には銃で俺を撃って来た。文句ないよな。ここで一番上の階級は誰だ?」



お互い周りを見ながら一人の男が俺に声を上げる。


「佐藤一等陸曹です」


「このありさまはどうすれば良い」



「先に手を出した兵は私よりも上官ですが、田村さんの言う意味も分かります。そして静止するのに銃を持ち出した兵は問題外です。ただ、これは少しやりすぎでは?」


少し困った顔で俺に説いてきた。



「やりすぎ?敵の弱点も知らされず、先陣を切って行けと?こいつを倒したのは運が良かっただけだ。一人犠牲になり、若干道も広かった。この狭いトンネルの中で一杯に広がる敵に銃が効かなかったらどうする?それでも剣で突っ込めと言うのか?研究も大事だが、この場で弱点を調べるのが先決だと思うが。サソリの時は弟と二人で切り開いて解剖したんだぜ。どうやったら殺せるかを!

調べたきゃ自分らで先陣を切るんだな。銃を向けたコイツは殺されても文句はねえだろ。中途半端に反撃すると痛い目に会うんだ。やるなら徹底的に!生かさず殺さず!お前も銃を目の前で向けられたら分かる。これは最低限の反撃だ。殺すなら一瞬で殺せた」



「……………………。」


俺の言い分も分かったのか、一等陸曹は黙ってしまった。


「じゃあこれからどうすれば良い?」


「新しい未知の生物の精査、負傷者の救護から一旦撤退するのがベストかと」


「じゃあ撤退だ。急げ!いつまでも此処でザワザワしてたらコイツがやって来るぞ」



 それからの行動は早かった。

リュックからロープを出して首裏と両肩の後ろに剣で穴を開けてロープを通し、それを兵士が引っ張って戻る。

幸いにも兵士皆はFランク、又はEランクであり、基礎体力はノーマルよりも上がっていた。

凡そ、1.5倍から2倍の筋力が上昇している為に、交代しながらでも問題なく連れ帰っていた。


しかし……



「い゛い゛い゛い゛――!」

「ゆっくりいい!」


二人の引きずられた男達は痛みの為にうめき声を上げながら連れられていた。


「静かにしろ!」


注意しても痛みの為か、静かになる事は無かった。



それが悪い方に働いた。


ものの5分もしない内に妙な音が聞こえだす。



ゴソゴソゴソ


ゴソゴソゴソ



「何だ今の音は?!」


俺の前にいた兵士が気付く。


「走れ!!」


俺の叫び声と共に一斉に走り出す!

引きずられる二人の叫び声を無視し全員が走りだすが、最後尾の俺は後ろを振り返りながら既に持っていた小銃を構えながらバックステップで迎え撃っていた。



そこへ薄っすらと見える異形の大クモが見えた!



「死ぬ気で走れ!!」


出口まで推定4~5km


果たして持つのか?


腰だめにした小銃のトリガーを引いた!



タタタタタタタタタタタタッ



SIG SG552アサルトライフルから5.56mmNATO弾がばら撒かれ始めた…………

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