第10話 長い夜

◆◆◆ 10話 長い夜 ◆◆◆



 転がり落ちるように最後の家まで小走りで行く警官。


下りとは言っても家が見えるまでは勾配もそれなりにある為に歩いていたが、家が見えた為に我慢の限界が来た様子であった。



「フーフーフーフー」


息が切れたと言うよりも、心を落ち着かせようと深呼吸をする警官。


「あれがスライムモドキか?」


落ち着いている父が俺に聞いて来た。



「うん、いつもはもう少し奥じゃないと出てこないし、ジャンプする速さもゆっくりなんだ。足音か、夜だからか、いつもと違うのは確かだよ」



玄関の前で話をする俺らに対して、警官は二人で何かを話している。


これでお開きかと思っていたら、静かな集落にもう二台の車が家の前に着いた。


一台は普通のパトカーだったが、もう一台はトラックだった。

しかもその色はパンダ柄では無く、迷彩模様のトラックだった!


ぞろぞろと出て来る迷彩服を着た人、人、人!


ヘルメットも被った一人の男が俺達の前に来て止まる。



「私は西部方面軍、第8師団熊本駐屯地から来た西田です!早速ですが、トンネルまで案内してもらいたい」



軍隊のお出ましであった。



「協力はしますが、どういう事をするのでしょうか?」


父は威厳のある声で落ち着き言い返す。



「トンネルを封鎖。安全を確保します」


そう言っている最中、他の兵隊はトラックから何かしらの機械やライトを付けての確認をしていた。

そしてもう一台のトラックまでが辿り着く。



「息子も言っているが、今はいつもと違って危ないらしい。音や振動を立てない方が良いようだが」


「死者も出ているのです!早く対処しなければ貴方達も危険なのが分からないのか!」



「デカい声で言わなくても分かるわ!」


我慢できずに叫んだ!



見下ろしてきた目で俺を睨む兵士。


「子供は黙ってなさい。一刻も争う事態なんだ」


「残念ですが、当事者はこの息子です。息子の意見を尊重して頂きたい」



再び俺を見下ろす兵士は、仕方ないような素振りも見せずに再び言い放つ。



「良いか、他の所では死人が出ているんだ。トンネルは封鎖しなきゃならない。これは国の方針なんだ。分かるか?」



背の高い兵士は少し前かがみになり、俺を子供扱いしながら言っていた。


「俺はこの家を守らないといけない。国の方針だか何だか知らないが、俺の指示に従ってもらえないのなら協力は出来ない!」


「何を?子供のくせに」



「は?お前アイツらと戦った事があるのか?あいつらの仕組みや行動パターンが分かってんのか?!命を張ってこの地域の人を守れるのか!」


「それが軍隊だろ。当然命令が出れば我々は命を張って行動する!」


「命令が無けりゃ何もしないんだろ!俺らは此処で暮らしてるんだ!指示に従えないのなら協力は出来ない!」



「……………良いだろう。概ね指示には従おう」



高圧的な態度にイラっとしたが、将来の為に俺も心を押えた。



俺を離れた兵士は皆で何かを話しながら準備をしだした。



「任せて大丈夫か?」


「ああ、案内するだけだよ」


父も流石に大事になって心配になったのか、俺に言ってきた。

そして母が何かを持って近づいてくる。



「持って行きな」


見ればそれは小さめのリュックだった。


「何が入ってるの?」


「おにぎり作っといた。それとお茶も二本入れておいたよ。空いた時間で食べな」


「おおーサンキュー」



俊仁もニヤつきながら俺に近寄ってきた。



「兄貴、イラつくのも分かるけど、爆発するなよ」


「うるさい、俺の山だ。好き勝手にはさせん」


俊仁から長棒を受け取りニヤッと笑い返した。



真っ暗になった中、念の為に山仕事用の皮手袋を付ける。

親父と視線を合わせ、母に尻を叩かれ、俊仁とグータッチをした。



「そろそろ良いか?」


初めに説明をした兵士がやって来たが、背中にはライフルを背負っていた。


第三次世界大戦があった事で火器使用の条件が緩くなったとは言うが、本物を見るのは初めてだったので、その存在が放つ異様な雰囲気が嫌だった。


「俺はいつでもいいですよ」


その兵士はハンドサインで皆の足を進める。


それを見た俺は無言で山を目指した。




 滅多にと言うか、子供の時に山の入口で遊んだ事を除けば、夜に山へ入った事も無かった。

道や起伏は大体頭に入っていたので、たまに後ろを見るだけで屈強な兵隊は重そうなリュックを背負い、何かしらの物を二人で運びながら付いて来ているのを確認していた。


流石に警官とは違う基礎体力を見せつけられたので、最短距離で突き進む。


後ろからハアハアと荒い息使いが聞えるが、気にしない。棒で草を突きマムシが居ない事を確認しながら進んで行った。



 月夜が照らす木々が少し開けた場所に着いた。

草払い機で刈っていた為に、その場所は少し見晴らしも良く、荒い兵隊の息使いを除けば、地殻を流れる沢の水の音もハッキリ聞こえる程だった。



「此処からは静かに、振動も少なくして」


真後ろに付いて来た西田という隊長のような人に注意する。長棒を近くに突き刺し、代わりにLEDライトを取り出し先を照らした。



「トンネルはあの辺にあるから」


静かに歩みを進めながらいつでも対応できるように気持ちの準備をしておく。


もう少しで穴の中が見えると言う所で、



ピョン!



一匹のスライムモドキが丁度出て来た!


一瞬動きを止めるが、直ぐに連続でジャンプして近寄りだす!



ピョンピョンピョンピョン


ザッ! ザシュッ! ビシャッ



足を大きく踏み込み、大鉈を抜きながら下から斜め上に斬る!



身体の痛みは続いているが、戦えない事はない。

26匹目を倒したはずだが、エボリューションはまだまだ先のはずだ。


初めは5匹、そして50匹、次は500匹か?

スライムモドキばかりじゃないんだろうが、スライムとサソリだけを倒していればエボリューションの途中で更に進化する事はないだろう。


もし進化する事になったらどうなるんだ?

重ねられて進化するかもしれないし、その時は痛みが二倍になる可能性もあるな。うん。それだけは避けよう。



更にスライムが出てこない事を確認すると、牛との西田さんに振り向いた。


「これがスライムってや…………何してんすか」


西田さんは背中に背負っていたライフルをいつの間にか持って構えていた。



「それを切っても平気なのか?」


「先に銃を下ろせよ。あぶねえだろ」



俺の言葉で気が付いたのか、銃口を下げた。だが俺は見た。トリガーを引く人差し指は真っすぐ伸ばしておらず、トリガーに掛かっていた事を。


コイツ何かあったらすぐに撃つぞ。

あぶねえな。



「こいつらを銃で撃った事は?」


「軍は敵対生物との戦闘には入っていない。発砲許可は出ている」


「言っとくが、パンチやキックなどの打撃系は一切効かないからな。銃は効くんだろうけど、勝手に打つなよ。この山での発砲は俺が許可するまで撃たせない!」


「私達は国に許可を――」

「ここは私有地だ!戦争中でもない!さっきの警官の時も音か振動か、それとも夜だからなのか、動きが活発過ぎる。だから俺の指示にはしたがってくれ」


「私達が国民を守っているんだぞ。それを君みたいな土地所有者でもない子供に命令を聞く事はできん」


「俺は親父から全権を代理されてるんだ。親父が首相ならば俺はその首相代理だと思えよ。それに年齢は関係ないだろ。軍隊ってのは年上が一番偉いのか?え?」


「……分かった。指示には従おう」



「じゃあ一つ言うけど、サイレンサーって銃についてないの?念の為に静かにして欲しいんだけど」


「消音機は持ってきていない。一応届けてもらうように手配しよう」



西田さんは後ろに待機していた兵隊に指示を出し荷物をバラしだした。


幾つかのテントを張り、重そうなバッテリーからコードを引いて煌々とライトを付けた。

そして軍用の無線機だろうか、簡易テントを張った中で何処かに連絡をしている。



確か熊本から来たって言ってたよな。

他の陸軍なんか大分か都城にしかないはずだし、そこから何かを持って来るにしてもこの山まで何時間掛かると言うんだ?



俺も穴を覗きながらリュックを下ろし、中に入っていた包みを開くとおにぎりが五つも入っていた。


少し興奮していたからか、身体の痛みは余り感じず、食べ物を見たからか、一気に腹が減って来た。


ラップに包まれたおにぎりを一つ開き被りつく。


「ん、んまい。これは漬物だったか」


次に入っていたのは梅干しで、その次は何故か唐揚げが入っていた。



肉は良い。

直ぐ力になる気がする。


モグモグとおにぎりを食っていると、後ろで作業をしていた兵隊が チッ と舌打ちをする音が聞こえた。



イラッ!



「誰だ今舌打ちをした奴は!」


知らない振りをして離れていく一人の兵士を呼び止める。


「おい!てめえ!ふざけるなよ。何か文句でもあんのか?コラ!」



俺の言葉を無視して離れる男に近づき、後ろ襟を掴んで俺の方に強引に向かせる!


「何とか言えよこら」


「子供は何もしないでいい気なもんだ」


「お前は軍の仕事だろうが。俺は案内を言われただけだぞ。サボるなよ下っ端が」


「このガキがッ」


後ろ襟を離さない俺の胸ぐらを掴もうと手を伸ばして来た!


遅い!


向かってきた右手を払い、膝裏を軽く蹴って強引に後ろに引き倒す!


筋力もそうだが、反応速度から動体視力に至るまでが全部早くなっている!


受け身を取った兵士の腕を捻り上げながらうつ伏せに転がし腕の関節を決めた。


「てめえ、動くと折るぞ」


周りがヘラヘラしている奴も含めて一気に緊張が走った!



冗談のつもりがまさか倒されると思ってなかったんだろう。

数人が俺に向かって動き出す!


「近寄るな!寄ると腕を折る!」


掴んだ手首は目いっぱいに力を入れている。

通常で60kgも握力があったんだ、エボリューションして5割増しならば90kgの握力があるはずだ。



「公務妨害になるぞ!」


誰かが俺に言うが、俺も負けてはいなかった。


「私有地でなめた言葉を吐かれて黙ってられるか。先に行ってきたのはコイツだ。言ってみれば自衛権の執行ってやつだ」


知らんけど。


だが、こいつらもそれほど頭は良くなかったらしい。

黙って動かなくなっていた。



そこで俺は憂さ晴らしをするようにこの男の顔をペシペシと叩いた。



「ほら、舌打ちしてごめんなさいは?皆待ってんぞ。どうした?言えないのか?」


力を入れて振りほどこうとしてきたんで、更に力を入れて限界まで手首を握り肘が折れそうになるまで捻り上げる!


「折れても正当防衛だからな。ほらごめんなさいは?」



その時、脳内にアナウンスが響く!



『筋肉・内臓組織のエボリューション進化を終了。第四フェーズへと移行します。』



一気に力が湧き出て更に余裕が出て来る!

皮膚がピリピリしているが大した問題じゃなくなった!


「労災でも貰って退役するんだな」


感覚的にまだ3割ほど余裕があった、その力を解放する!


「待て!待ってくれ!すまん、すまなかった、謝る」


倒した男を後ろ襟を持って強引に立たせ、腕を決めたままトンネルへと歩かせる。


「おい!やめろ!やめてくれ!」


叫ぶ男をドンと突き放すとトンネル手前で足が止まる。



「そこで立って見張っとけ!俺は休む!」



長棒を突き刺した場所まで下がると、地面に座り、残りのおにぎりを食べだす。


俺の怒りも収まったと思ったのか、兵隊は再び作業を再開しだした。



腹は立つが、殴り飛ばす訳にもいかないよな。

これ位で良いだろ。手は出してない、うん、問題ない。


残りのシャケとハンバーグの肉を刻んで入れたような謎のおにぎりを食らい、ペットボトルのお茶を一気に飲み干す。


「ぷはー、しょんべんしょんべん」


木に隠れながら溜まっていたオシッコを放出!


この大自然の中でする排尿。

気持ちイイ~



モノをしまい、さてどうしようかと思った時だった。




タタタン!タタタタタタ!


闇夜に響く銃声が山に木霊した!


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