第4話 共犯者

◆◆◆ 4話 共犯者 ◆◆◆



「大丈夫か?」



 野太い声で目が覚めた。


「あ、ああ。まだ身体は痛いけど、どうにか動ける」



 昨日は体中の痛みの為に、寝たり起きたりを繰り返し殆ど寝られなかった。


額にごっつい手を感じ熱を測られる。



「熱は大丈夫だな。今日はゆっくりしとけ」



まだ部屋にはカーテンが閉められ、夜だか朝だか分からない。

部屋の壁に掛けられている時計を見ると5時半を示していた。


夕方であればもう少し明るいはず。朝か。


昨日とは違い、身体は強い筋肉痛のような感じに変わってきていた。


もし、あの声の言う通りに25時間かかるのであれば、8時半までにはこの痛みも終わるはず。

昨日の家を出た時間を考えてその辺りが予定時間だと思っていた。


親父は俺の様子を見ていたが、大丈夫だと思ったのか、静かに部屋を出て行った。








「大丈夫?」



寝ていたようだ。

母に声を掛けられて目が覚めた。


「あ…………うん、大丈夫。治った」


時計を見ると9時になっていた。

体の痛みは…………ない!


俺は起きてベッドに腰かけ手を握ったり開いたり、腕を回したりして身体の調子をみていく。


うん、調子は凄く良い!



「そんなに動いて大丈夫なの?」


「いっぱい寝たから……腹減った」


「はいはい、まだご飯は残ってるからね。その前に汗びっしょりだったから着替えて。」


よく見ると、服はズボンを脱がされたままで、シャツは昨日のままだった。


シャツとタンクトップを脱ぎ、枕元にあったタオルで身体を拭く。

見た目は変わっていないように見える。

一晩でムキムキマッチョに変わるとこっちが困るのでありがたい。

そしてパンツを脱ごうとした所で後ろから視線を感じた。



「見んなよ」


「息子の成長を見ようと思ったのに……ケチね。洗濯物は洗濯機に入れててね!」



油断も隙もあったもんじゃない!


誰が母に裸を見せるもんか。



パンツを脱いで全裸で汗を拭き、新しい下着を穿いて部屋を出た。




洗面台で顔をゴシゴシ洗い、水の付いた手で髪を整える。

ちと臭いかもしれないけど、こんなもんでいいだろ。



母はどこかへ行ったのか、誰もいないキッチンに行くと、フライパンに少し油を引き、冷蔵庫から出した卵を一気に四つ割って入れる。


「やべっ まだ熱くなってないか」


ジュ―とも何とも言わないフライパンを放置し、隣の鍋に入っている味噌汁を温める。


フライパンに落とした卵をかき混ぜ、熱くなりだした卵をゆっくりと端から捲って…………


「あ、破れた」


何度もするが、上手く巻けた試しが無かった。


「ええい!お前はスクランブルエッグの刑だ!」



グチャグチャにかき混ぜ、スクランブルエッグに強制変更させる。


火が通った卵を皿に移し、ケチャップをブビッと垂らす。色気付いた弟の俊二はハートマークなんぞ書きたがるが、男は黙って一直線!

食えりゃ同じだ。


ドンブリにご飯を注ぎ、そこへ大量の味噌汁を投下!


昨日の所が気になるので、急いで猫まんまのような朝飯を掻き込んで行く。


コップに注いだ牛乳を一気飲みして完了だ!



誰もいない家を出て納屋で昨日と同じ装備を装着する。

飯を食べたからか、それともレベルアップしたからか、気分も身体も軽く感じる。


誰も居ない事を確認し、大鉈を抜く

刃零れなどが無い事を確認して鞘に納め、母がいるだろう牧場へと向かった。



いつも通りに馬が挨拶に来た。

ひょっとして人外になって寄り付かないかもと思ったが、思い過ごしだったようだ。



「山に草払い機を置いて来たから山へ行ってくる」



俺は餌になる草を切っている母に声をあげた。


「大丈夫なのね。じゃあ気を付けて」


ニコッと笑い、見送ってくれる母。



俺は家や納屋が見えなくなると、腰の大鉈を抜いて警戒しながら山を登った。


やはり30分程度で昨日の開けた場所へと出て来た。


身体の調子は良い。

レベルアップと言う事にでもなれば、身体能力でも上がってそうなのだが、はっきりと分かるレベルアップを感じる事は無かった。


エボリューション進化と言っていたので、異世界冒険でよく聞くモノとは何かが違うんだろう。


この時、俺はこの進化した討伐者と言うのが自分自身の事だと認識しており、少し調子が良い事が進化の事だと思っていた。



周りの草を大鉈で払い、スライムモドキが居ない事を確認し、昨日と同じ3m程の穴へと降りて行く。

草払い機がある事を確認し、


ブンッ


と言う謎の音を聞き、腕に嵌めているGショックで時間を確認し、更に奥へと進んで行った。




◆◆◆



 時の防衛大臣である早田武彦は、各県からの自衛軍派遣要請に頭を悩ませていた。



「大臣、早朝から自衛軍派遣要請が来ています」


大臣室へと出社する前から電話で聞いていた事を直ぐに秘書官から伝えられた。


「今度は何処だ?」


「長崎県です。雲仙普賢岳の側にトンネルです。地元住人が傍まで行って確かめていたらしいですが、謎の大きなワラビ餅の様なモノから溶液のようなモノを噴射され、顔の表皮から筋肉組織まで熔解。現在病院に運ばれ重体との事です。現在は県警が場所を封鎖しています」


「朝霧からNBC対策班を派遣!西部方面隊竹松駐屯地から陸上軍、一個小隊を向かわせろ。統合幕僚長を呼び出せ!陸・海・空の幕僚長もだ!総理には今から私が説明をする!」




 事件が起こったのは昨日10時過ぎの事であった。

観光地である山口県秋吉台秋芳洞より警察に通報があり、洞窟である秋芳洞の奥に謎の穴が出来ているとの報告があった。


観光地の為、秋芳洞を閉鎖。

大学の洞窟を研究している機関へと連絡が入り、昼より調査を行うとの事であったが、それまでに北海道の

阿寒湖側にも観光客より県警に洞窟が出来ているとの通報が入る。

中へと入った観光客の民間人が出てこないとの事で警察、消防レンジャー部隊が救助に出向いた。

結果、昼過ぎになって捜索で入った消防レンジャー部隊4名までもが出てこない状態になった。



 防衛省は10数年前に終わった第三次世界大戦の国から送られたスパイ。若しくはテロ行為だと言う認識にて報告が入り、内密に陸上軍を展開。広域での捜査を始めていた。

 海軍は、イージス艦による広域警戒態勢を発令。フリゲート艦による大陸へ向けての威嚇偵察を行い、空母打撃艦隊を緊急展開。ヘリに依る近海警戒とP3Cに依る広域警戒態勢網を実施。

 空軍はもちろん準警戒態勢を発令。

早期警戒管制機:AWACSを順次飛ばし地上イージスシステムからPAC3の準備、地上班の制服組から私服レンジャーまでを町中に展開させ、一気に準戦時体制を取っていた。



だが、被害が出たのは住む人には悪いが、余り人口の多くない所ばかりであり、重要施設など一つも無い場所ばかりであった。



(何かの実験か?)



初大臣を務める早田は悩んでいた。

過激派の爆破工作か。それとも本当に戦犯国からの攻撃なのかと。



そしてこの長崎の事件が起こった。

早田はこの事の成り行きを首相官邸にいる総理へホットラインで説明をしていた。



「で、対応はどうする?」


「朝田総理、警戒網は全て展開させています。今は情報を集める事が先決かと。」


「現時点での情報を纏めてくれ」


「分かりました」



早田は事務次官に現時点での情報を纏めるように指示を出し、秘書官を連れて会議室へと移動する。


そこには統括参謀幕僚長、陸海空の幕僚長が集まっていた。



「集まってもらってすまない。情報の共有とこれからについて協議したい」


早田は歩きながら敬礼を行ると、集まっていた四名も起立し敬礼を行いながら指示を待った。


「楽にしてくれ。これから見せるのは昨日明朝から起こった謎のトンネルの事が時系列で書かれています」


既にセットされてあったパソコンから大型モニターに時系列に沿って書かれてあった表が映し出される。

それは秘書官が寸前まで掛かってく釣りあげた物であったが、それを説明する事は無く、早田の説明に沿って映し出されていった。


「現在までに確認されているトンネルはこの六つだ。白神山地、屋久島屋久杉自生林、雲仙普賢岳、秋芳洞、阿寒湖周囲、富士山麓。

いずれも観光客か、地元住民に依って発見されているトンネルは、直径4~9m程度であり、自然に開けられたにしては不自然に円形を保っています。

内部構造も同じ円形を保っており、入り口から5~10m程度で破壊困難な程の強固な材質になっており、人力にて破壊は不可能。そしてボヤっとですが、自然発光しており、どうにかライト無しでも見えるようになっている。

そして一番の謎は……所謂ゲームや漫画などで描かれている、通称スライムと呼ばれる粘液と言うか、柔らかい素材の未確認生物が存在している。

その未確認生物から発射された溶液で民間人二人が死亡!重傷者三名!行方不明者一名。消防のレンジャー隊が四名同じく行方不明になっている!

溶液成分は調べさせているが、測定不可能な強腐食液だと言う事しか分かっていない。

そしてこの未確認生物自体は棒で叩こうが、シャベルで叩こうが、ダメージを負った外見を発見出来ず、現在鉄板等で隔壁を構築している所です。皆さんの意見を聞きたい」



そこで一人直ぐに手をあげた人がいた。

陸軍幕僚長の児玉であった。


「現在陸軍各方面隊が隔壁を順次構築している所であります。ですが、その溶液とやらで鉄板を突破して来た際の対応を決めたいのですが、火器の使用許可をお願いしたい。」


「むう……仕方あるまい。未確認生物に限り火器の使用を許可しよう。24時間監視を継続する為の必要部隊、物品のリストをあげてくれ」


「空軍、海軍の警戒はどうしますか?」


「当面は継続だ。生物兵器の可能性も捨てきれん。」


「では、基本的に継続する形で。次に行方不明者の捜索だが……」



こうして日本軍隊のトップ会談が行われ、細かい部分も煮詰められて行った。




◆◆◆



「やべ、入って2時間が経ったか」



俺は時計が12時前になっているのを確認し、後戻りしだしていた。


此処までで、スライムモドキを11匹倒していた。

こいつらは攻撃を仕掛けて時間が経つと液体を吐く事が分かった。

だから見かけたら一発で仕留めなければならない。


蹴り、パンチ、踏みつけでは一切ダメージを負った形跡が無かった。

そし大鉈ではビニールが破けるように、簡単に倒す事が出来る。

それも刃こぼれや体液に当たっても熔解する事は無かった。


そしてレベルアップと言えるエボリューション進化を考え、魔核と思える玉をベストのポケットに入れるようにしていた。


ゲームなどと同じでは無いのは明らか。


『討伐隊一人の討伐累積値が一定数に達した為、ノーマルよりFランクへ移行します』


と言う脳内アナウンスを信じれば、この魔核を壊した事で累積値を貯められるはず。そしてエボリューション進化の二度目も25時間相当の時間と痛みが伴うはずだ。こんなトンネルの中で身動きが取れなくなっては命に係わる。

だから俺は壊さないように魔核をポケットの中に入れ、魔物を倒しながら進んでいた。


結局2時間程度しか進めてないが、帰りは一気に帰れるので半分以下で済む。

それに畑仕事も残っている。

全部放り投げて探索だけをする訳にはいかないのだ。



駆け足でトンネルと戻り、草払い機を持って一気に地上へと出て来た。



「プハ―!空気が美味い!」


昨日も感じていたが、中は空気の通りが悪いのか少し息苦しい。

今日はそれほどでも無かったが、少しは息苦しさを感じていた。これはエボリューション進化したから軽くなったのか?


ヘタすると命に係わる事だ。

一酸化中毒では、異変に気が付いてからでは遅いのだ。

全神経を尖らせ、五感を研ぎ澄ませて進む為に2時間の探索と言っても僅か2kmも進んでいない気がする。




「ただいま~」


家続きの納屋で脚絆きゃはんを外していると、母が顔を見せてきた。


「おかえり。How is your body身体の調子は?」


「うん、ノープロブレム」


「OK!無理するなよ」



 たまに使いもしない英語を要求してくる母。

こんな田舎で英語を使う事は無いと思うが、使わないと忘れるからと抜き打ちテストの様な事をしてくる。

学校を卒業したと言うのに、家に英語の教師がいるみたいだ。


ニマァと笑みを浮かべ Come on と言われ納屋にある水道で手と顔を洗って家に入った。


そこには弟の俊二が飯を食べていた。



「なんでお前がいるんだ?」


「今日は終業式だけだったんだよ」


「って事は春休みか~暇だろ、午後から手伝え」


「えー俺宿題が~」


「どうせギリギリまでしないんだろ。手伝え」


「マジかよ~」



Do your best頑張りなさい


うだうだしていた俊仁に母が言っていた。

これが確定だった。

身体は大きくなったが、まだまだガキだ。結局は母か父の言う事には逆らえない。


俺も昼飯を食べ、母の入れたコーヒーを飲み、父と入れ違いになりながら俊二と準備をして山へと向かった。


畑はまだ冷える時期であり、遅霜で全滅する可能性がある為に、もう少し先にしよう。

それよりも今はコレだ。

俊仁にも共犯者になってもらおう。



「俊仁、昨日の朝に変な声が聞こえなかったか?」



山をゆっくりと歩いていた時、不意に俊二に聞いてみた。


俊仁は俺の顔をサッと見ると凝視して来た。



「兄貴もか?」


俊仁の顔には驚きと少しの興味深々な表情だった。



「ああ、秘密を守れるか?」


「どういう事?秘密って」


「あのアナウンスに関係する事だ」


「なになに!何か山にあんの?」



食いついた!


「絶対秘密だぞ」


「うん!分かったから!何があるんだよ?」



俊仁は早く教えろと俺のすぐ傍まで来て顔を見て来た。


「あのアナウンスなんて言ってたか覚えてるか?」


「えっとー『地球外生命体の初討伐に成功、地球上に展開された亜空間トンネルから集団地球外生命体暴走(スタンピード)の可能性が高く、人類滅亡の可能性は高い状態。選ばれし勇者ヒーローは侵入する地球外生物の討伐を推奨致します』だったっけ?」



「まあ大体そんな感じだったな」


「でなんだよ!何があんだよ~」


焦らしに焦らした。


俺の周りをウロチョロする子供のように動き回っていた。



「あのアナウンスで言っていた亜空間トンネルな」


「うん…………」


「そこにあるって言ったらどうする?」



後ろ向きで俺を見て来る俊仁を、話をしながら誘導し、トンネルの前でポッカリと開いている穴を指さした。


「ふぁ?」



俊仁は変な声を出しながら後ろを振り向く。

口は開きっぱなしになり、電池が切れた玩具のように動かなくなってしまった。

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