第53話 おかえり
翌日の昼休み。この日は理子からの連絡がなかったので、俺は柚希が登校していると信じて、保健室までの道を歩く。
(どんな顔して会えばいいんだ…?普通に久しぶりって声かければいいのかな…)
答えのない問いを自分にぶつけ、なんとかその答えを見つけ出そうとする、ということを繰り返す。
そして保健室の前にたどり着いたのだが。
ドアを開けるのをためらってしまう。
迷ってる時間はもったいないものであり、とっとと開けてしまえばいいということを、頭では理解しているのに、体が言うことを聞かない。
「っつ…ぁ………ふぅ……」
自分でも聞いたことのない声にならない音を出しながら、俺はドアに手を伸ばす。
そしてまた引っ込める。
これを何度か繰り返して、やっと決心がついた。
ガラララッ───
「どーも。古賀さん来てます?」
俺は恐る恐るドアを開け、なるべく平静を装って部屋の奥の方に声をかける。
「いるよー」
間髪入れずにいつもの柚希とさほど変わらない調子の声が返ってきて、ほっと胸をなでおろす。
そして俺はそのまま声のした方へ歩みを進める。
「やっほ。日曜日ぶりだね」
「だね。元気だった?」
「ぼちぼちって感じかな。今日は調子よかったから、久しぶりに来たんだ」
「そっか」
こうして直接会って話してみると、柚希の様子がやっぱりおかしいことを痛感する。日曜日ほどではないが、やはりどこかつかみどころのない感じというか、本心を隠されているような気がする。
「なによ広哉、久しぶりに会えたってのに嬉しそうじゃないじゃん」
視界の端っこで理子が何か言っているが、聞こえない。
(まぁ嬉しくないわけがないんだけど、それを前面に出すのはさすがにな…)
「今日は勉強はやめとく?」
俺は念のためと遠慮がちに尋ねる。すると、柚希は申し訳ないといった表情で
「うん。せっかく来てくれて申し訳ないんだけど、今日はパスかな…」
と言う。これについては仕方ないというか、予想していたのもあり、俺はにこやかに答えることに努めた。
「無理しないでいいからね。そういや白本さんから聞いたけど、いろいろ大変だったみたいだね。全然知らなくて。なんか俺にできることあったら何でも言って」
「日菜と…?話したの…?」
もっと前向きな反応が返ってくると思っていたのに、柚希の反応は芳しくなく。
俺は動揺してしまう。なにかまずいことがあったのか。でも考えてみれば当然のことだ。自らの辛い過去を本人の知らないところで話されたら、そりゃ嫌な気分にもなる。
「ごめん。気になってというか、白本さんが古賀さんのこと心配して、それで何か知らないかって俺に聞いてきてさ。その時の流れで聞いちゃった…みたいな…感じ。でもそうだよね、古賀さん本人がいないところで話しちゃうのはよくなかったよね。それも、明るい話題じゃなかったし。ごめん」
俺が慌てて謝罪の言葉を並べるも、柚希が気にしていたのはそのことではなかったようで。
「いや、そのことはいいの。ただ、日菜って人見知りだし、誰かと積極的に関わろうとするなんて、いままであんまりなかったから、ちょっと…以外で…」
「そ、そっか。でもそれはいいことだと思うな、白本さんにとっては」
「南條君にはそう思えるんだね。でもそっか、日菜も変わっちゃったんだ…」
そうこぼす柚希は、声も、顔も、切ないものとなっていた。
社交的になることは白本さんにとって悪いことではないように感じるのだが、柚希には何か思うところがあるようだ。
だが、今の俺にはそれが何なのかわからなかった。
ピロンっとスマホの通知が鳴る。
確認すると、理子からのメッセージ。
(なんでこの至近距離にいながら間接的に伝えてくるんだよ…)
『広哉君。君はまだまだ乙女心というものを知らないね』
何言ってんだこの人とは思ったが、俺はなぜかスマホの画面をすぐに閉じることができなかった。
少し気まずくなって窓の外に目をやれば、灰色のどんよりとした雲がのっそり、のっそりと進んでいた。
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