第52話 気分転換
柚希は火曜日も学校を休んだ。
朝、白本さんの顔色をうかがうと少し暗かったし、2限の終わりに理子から休みである旨の連絡を受けた俺も、気落ちしたものだ。
そしてまた昼休みがやってきた。
「あれ、今日も古賀ちゃんは休みなの?」
「あぁ、普通に心配」
「体調でも悪いんかなぁ」
今日も今日とて泰正と昼食を共にしているわけだが、今日の泰正はコンビニで買ってきた弁当をほおばっている。
のり弁から香ってくる海苔のにおいが鼻腔をかすめ、俺の食欲までそそられる。
まぁそんなことはどうでもよくて。
「保健室登校してるわけだし、普段から休みがちだったとかはないの?」
紙パックに入った桃ジュースをチューチュー吸いながら尋ねてくる泰正に、俺は少し語気を強めて言った。
「いや、ないよ。根が真面目だし、前向きな性格してるから、休みがちってことは考えにくい」
「そうか…だとすると理由はわからんままだな。まぁでもそんな暗い顔してんなよ。俺まで気分下がっちゃう」
「それもそうだな。とりあえず、あんまり考えすぎないようにしてみる」
「おう。そういや、今日は俺部活ないんだよ。帰りにゲーセンでも寄ってくか?気分転換」
「行っとくか」
「決まりだな」
ニヒッと笑った彼は、中学時代から変わらないように見えて、俺の心は軽くなった。
放課後になって、俺たちは学校を後にし、駅までの道の途中で左に曲がって少し進んだところにあるゲーセンに行くことにした。
「久しぶりに来たわここ」
「俺も。最近はもっぱらゲームは家でやってたしな」
この町に古くからあるこのゲーセンには、小学生のころなんかは休日に電車を乗り継いでよく来たものだ。
だが、携帯ゲーム機やスマホを使うようになって、訪れる機会はめっぽう減った。
それは俺たちだけではないようで、店内は閑散としている。
「久しぶりに来てみるとやっぱりいいもんだな。ささ、今日は遊ぶぜぇ!」
「よっしゃ。じゃあまず何する?」
「やっぱあれだろ!」
そう言って泰正が指さす先には、長らくやっていなかったレーシングゲーム。
赤い帽子をかぶった某有名キャラクターが出てくるおなじみのあのゲームではなく、アメリカの市街地に張り巡らされた道路を舞台に繰り広げられる、警察と犯人のカーチェイスをイメージしたもの。
「うわ懐かし。全然やってなかったよこれ」
「だろ?でもツミッチで車ゲーはやってたし、いけるっしょ」
「それは言えてる。早速やるかぁ」
俺たちが中学生の頃に発売された携帯ゲーム機、通称ツミッチでも車のゲームはたしなんでいたし、そこまで腕は落ちていないはず…
そんな淡い期待を抱き、俺は泰正のとなりに腰を落ち着け、100円を投入。
ゲーム開始の音が鳴り、モードの選択画面になる。
「店内対戦だな」
「おっす。さて、腕が落ちてないことを祈る」
俺がこぼすと、泰正は苦笑いを浮かべ、
「昔の広哉、めちゃくちゃ強かったからな~。まぁツミッチでもボコられてたけど」
と漏らした。
そう、我ながら俺はゲームの腕に自信がある。
互いの家でゲームをやった時にはほとんど俺が勝っていたし、ゲーム内で開催されたオンラインの全国大会では、何度か100位以内に入ったことがあった。
(まぁ全国大会の予選ではあっさり負けたけどな…)
『3・2・1 START!』
久しぶりに聞くスタートの合図が脳内に入ってきて、俺は足元のアクセルペダルを踏みこんだ。
『VICTRYYYYYYYY!!!!!!!』
結果。俺の圧勝。
「いや、わかってたけど!わかってたけども!悔しいよこんな完膚なきまでに打ちのめされたら」
「あっはは、泰正の腕も落ちてるとは。そこまで考えが及ばなかったよ」
「広哉ぜんっぜん腕落ちてないじゃねぇか!ちっとは手加減せい!」
「いやぁ、やっぱり圧勝した方が気持ちいいじゃん」
「おのれ~!!」
俺が勝利の余韻に浸り、泰正は悔しさに埋もれるのであった。
その後は、若かりし頃(まぁ今も若いのだが)に戻ったように、クレーンゲームやら、昭和感漂うレトロなアーケードゲームを2人でやった。
時間を忘れるくらいにいろんなゲームをした。
柚希のことも忘れそうになるくらいに。
「さ、そろそろ帰るか」
「いい時間だしね。今日はサンキュ。気にかけてくれて」
「全然!思いつめてもいいことないからな」
「おう」
俺たちは一緒に帰路に就く。
「明日は古賀ちゃん、来るといいな」
「そうだな。昼休み寂しいし」
「なんだよ、俺じゃ不満か?」
「んふふ」
「そこは否定してくれ…」
俺たちはまだまばらな光しか放っていない星空のもと、軽口をたたき合う。
明日へのかすかな、それでいて確かな希望を言葉に込めながら。
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